第67回 2011/6/7

  高濱虚子の100句を読む     坊城俊樹




   燈台は低く霧笛は峙てり       虚子
        昭和八年八月二十三日。
        此夜、釧路港、近江屋泊。


 この旅の背景を『句日記』を見つつ、もうすこし詳しく述べる。

 八月十六日・・北海道行き車中。芋を作り煙草を作る那須野の句あり。
   十七日・・青函連絡船中。見えてくる北海道と夏の海の句あり。
        旭川行き車中。秋風とポプラの上に駒ヶ岳が見える句あり。
        噴火湾を過ぎ、八雲、べんべまで車中。
   十八日・・旭川の北海ホテル泊。旭山公園展望。屯田の家のうしろに納屋がある
        句あり。その後、アイヌ部落近文に熊祭りを見る。
        アイヌが哀れ、熊の子も哀れという句あり。
   二十日・・層雲峡の層雲閣泊。石狩川の源に三つほど滝があるの句あり。
  二十一日・・阿寒湖の山浦旅館泊。同行の櫻被子の友人と車中で会う。すぐにまた
        別れてしまったらしき句あり。ルベシベ駅到着。皆そこで降りて北見
        富士を見たとの句あり。
  二十二日・・弟子屈の青木旅館泊。阿寒湖の暁を見る。虹が立って、漁の家が三戸
        雨に濡れたとの句あり。阿寒湖を舟遊び。大島という島もある秋の句
        あり。舌辛峠という峠を越す。霧が深い。奥しん別川の橋で休憩。沢
        の水が蕗に隠れている句あり。
  二十三日・・釧路港に入り。朝、青木旅館を出て散歩。屈斜里路湖を舟遊。秋の山
        に美幌へ越える道を見る句あり。シャリ岳を望む。下は一面の高山植
        物の花野。その後、釧路港に戻り、そこを写生。

 はたして、ここでやっと掲句を得た。

  露領より帰りし船と鮪船           虚子
  屈強の裸の漁夫の汗光る

 も同日の句。
 何やら、夏の季題と秋の季節が混在する。それも、北海道の風土の賜かもしれない。そのあたりを掲句はよく写生している。
 燈台は低く霧の中にうずくまつているよう。それにたいして、霧の湾の視界の悪いところを大きく高い霧笛を発しつつ船は行き来する。
 「峙つ」という措辞が生きている。音が峙つのであって、物質のような音は、燈台という物質よりもよほど硬質。
 また、この句の骨格が素晴らしい。現代でも、この言い回しが流行ったほど。しかし、オリジナルは虚子にある。ちょっと悔しい。
 





(c)Toshiki  bouzyou





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