火の歳時記

NO61 平成21331


片山由美子

 
  【火の歳時記】第24回 「花篝」

 十日ほど日本を離れていた。この時期に海外へ出ると、帰ってくる頃には花の見頃を過ぎているのが常だが、今年は成田から都内へ向かう途中、咲いている桜をほとんど見ないのに驚いた。思えば、東京近辺では昔は桜といえば入学式を飾る花だった。ようやく散り始めた桜の花びらを浴びながら、新入生は初めての校門をくぐったものである。それがここ数年、花どきは三月下旬になってしまっていた。今年は久々に四月の桜をゆっくり楽しめそうである。
 桜の開花が遅れたのは予想外の低温が続いたことによるが、南欧で真夏のような日差しを浴びてきた身には寒さが堪えた。天気予報などでは花冷えといっているが、たいして花も咲いていないのに花冷えというのもしっくりしない。花冷えというのはやはり、ある程度の花があってこそのものであろう。満開となってからでも午後から急に日が翳ったりすると、身にしみるような冷えを感じることがある。そんな日は夜ともなると身震いするほどである。夜桜見物は寒さを覚悟しておかなければならない。
 夜桜に欠かせないのが花篝である。近ごろはなんでもライトアップ流行りだが、桜はやはり篝火が似合う。

  円山の空は濁れる花篝        鈴鹿野風呂

 花篝といえばまず、京都東山の円山公園である。祗園の夜桜を演出するものとして欠かすことはできない。

  燃え出づるあちらこちらの花篝     日野草城

 前回の薪能も実際に火を燃やすのではなく、篝火型の照明だったりするところもあって興醒めだが、花篝は火の粉が飛び散るような篝火であってこそのものである。

  つねに一二片そのために花篝      鷹羽狩行

 咲いているところを照らすばかりではなく、散る花を照らすものであるというのが新鮮な一句。それもどっと散るのではなく、一二片ずつであるところが美しい。

  くべ足して暗みたりけり花篝      西村和子

 生の火ならではである。新たな薪を加えたことによってしばし暗くなるが、勢いを取り戻してさらに燃え盛る様子を思わせる。
   

 
 (c)yumiko katayama
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