火の歳時記

NO65 平成21428


片山由美子

 
  【火の俳句】第1回 福永耕二

 俳人には好みの素材がある。たとえば水が好きな俳人というのはけっこう多い。無意識に水にかかわる句を作っていたりするもので、水派は女性に多いような気がするが、火はどうだろうか。かなり多いのが福永耕二で、日常の句にしばしば火が登場する。「火」という字の入っている季語・言葉も含めて早速紹介することにしたい。

  海女の鶏波止にあそべり昼花火         『鳥語』
  こほろぎや農事暦に火山灰埃
  夜振火の揺れつつ渉る珊瑚礁
  地平線までの暗さや火事遠し
  遠火事をめざすにあらず急ぎ足
  草萌や燐寸ももてるみどりの火
  舷梯に火山灰を混へし夕立来ぬ
  降灰に髪よごし立つ夜の南風
  つながれし牛落着かず火焔木
  甘藷畑は火山灰厚く被ぬ朝曇
  火事を見し昂り妻に子に隠す
  畦焼の焔外れゆき田を焦がす
  裾失せて富士はありけり堤焼
  野火を見て緊りし吾子の両拳
  水底の緋鯉も暮れぬ花火待つ
  芝焼きて父を焼きたる火を想ふ


 火山灰(よな)の句はふるさとの桜島を詠んだものである。

  男の鞭ときどき駈けて野火を打つ        『踏歌』
  髄ばかりなる流木の磯焚火
  百日紅地に燃屑のごとき花
  眦に火が走りきて雉子鳴けり
  螢火やまだ水底の見ゆる水
  落葉松を駈けのぼる火の蔦一縷
  浅間山籾焼どきをけぶらへり
  鯖焼く火補陀落の火を忘じけり


 第一句集と比較すると数こそ少ないが、どれも単純に「火」を詠んでいるのではない。ほとんどが比喩的に用いられているのである。それは、この句集が技巧を凝らし尽くした一冊であることの証明でもある。『踏歌』が特別な句集であるのは、著者の死後に俳人協会新人賞に選ばれたというエピソードが物語っている。俳人協会が故人に賞を贈ったのはこのとき限りのことだった。
 耕二にはもう一冊句集がある。

  起上りつつ芦叢にかかる野火          『散木』
  野を焼けり隠亡のごと面包み
  囀りや朝なはたらくパン焼器
  向日葵の焔噴きだす朝ぐもり
  夜想曲さなかの窓を雷火摶つ
  秋夕焼もうだれもゐぬ校庭に
  蛾も人もおのれ焼く火を恋ひゆけり
  湿原に狐火もあれ人住む灯
  肉を焼くあぶらの音の油蝉
  火祭へ足並みだれゆき若し
  火祭に闇漆なす富士の方
  火祭や魑魅魍魎のをどる闇
  火祭の裸火に触れ髪焦がす
  火祭の火屑に踏鞴踏みにけり
  火祭の飛び火松明路地裏に
  ななかまど一火箭なす滝の前


 遺句集となったこの一冊にもさまざまなかたちで火が登場する。火祭の一連は富士吉田の火祭へ吟行したときのものであろう。一句だけ異様な光を放っているのは〈蛾も人もおのれ焼く火を恋ひゆけり〉だろう。おのれの死など予期しているはずはない時期の作であるだけに、身震いするような凄みがある。
   

 
 (c)yumiko katayama
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