NO65 平成21年4月28日 片山由美子 |
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【火の俳句】第1回 福永耕二 |
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俳人には好みの素材がある。たとえば水が好きな俳人というのはけっこう多い。無意識に水にかかわる句を作っていたりするもので、水派は女性に多いような気がするが、火はどうだろうか。かなり多いのが福永耕二で、日常の句にしばしば火が登場する。「火」という字の入っている季語・言葉も含めて早速紹介することにしたい。 | |||
海女の鶏波止にあそべり昼花火 『鳥語』 こほろぎや農事暦に火山灰埃 夜振火の揺れつつ渉る珊瑚礁 地平線までの暗さや火事遠し 遠火事をめざすにあらず急ぎ足 草萌や燐寸ももてるみどりの火 舷梯に火山灰を混へし夕立来ぬ 降灰に髪よごし立つ夜の南風 つながれし牛落着かず火焔木 甘藷畑は火山灰厚く被ぬ朝曇 火事を見し昂り妻に子に隠す 畦焼の焔外れゆき田を焦がす 裾失せて富士はありけり堤焼 野火を見て緊りし吾子の両拳 水底の緋鯉も暮れぬ花火待つ 芝焼きて父を焼きたる火を想ふ 火山灰(よな)の句はふるさとの桜島を詠んだものである。 男の鞭ときどき駈けて野火を打つ 『踏歌』 髄ばかりなる流木の磯焚火 百日紅地に燃屑のごとき花 眦に火が走りきて雉子鳴けり 螢火やまだ水底の見ゆる水 落葉松を駈けのぼる火の蔦一縷 浅間山籾焼どきをけぶらへり 鯖焼く火補陀落の火を忘じけり |
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第一句集と比較すると数こそ少ないが、どれも単純に「火」を詠んでいるのではない。ほとんどが比喩的に用いられているのである。それは、この句集が技巧を凝らし尽くした一冊であることの証明でもある。『踏歌』が特別な句集であるのは、著者の死後に俳人協会新人賞に選ばれたというエピソードが物語っている。俳人協会が故人に賞を贈ったのはこのとき限りのことだった。 耕二にはもう一冊句集がある。 |
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起上りつつ芦叢にかかる野火 『散木』 野を焼けり隠亡のごと面包み 囀りや朝なはたらくパン焼器 向日葵の焔噴きだす朝ぐもり 夜想曲さなかの窓を雷火摶つ 秋夕焼もうだれもゐぬ校庭に 蛾も人もおのれ焼く火を恋ひゆけり 湿原に狐火もあれ人住む灯 肉を焼くあぶらの音の油蝉 火祭へ足並みだれゆき若し 火祭に闇漆なす富士の方 火祭や魑魅魍魎のをどる闇 火祭の裸火に触れ髪焦がす 火祭の火屑に踏鞴踏みにけり 火祭の飛び火松明路地裏に ななかまど一火箭なす滝の前 |
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遺句集となったこの一冊にもさまざまなかたちで火が登場する。火祭の一連は富士吉田の火祭へ吟行したときのものであろう。一句だけ異様な光を放っているのは〈蛾も人もおのれ焼く火を恋ひゆけり〉だろう。おのれの死など予期しているはずはない時期の作であるだけに、身震いするような凄みがある。 | |||
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(c)yumiko katayama | |||
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