火の歳時記

NO87 平成211020




片山由美子

 
  【火の話】第18回 な焼きそ

 今回は『伊勢物語』の話から。女を連れて武蔵野国へ逃れるというところは前回と似ているが、こちらは結末が悲しい。『伊勢物語』の短く美しい各段の中でもとりわけ短いので、まずは全文を読んでみたい。

   第十二段「盗人」
  昔、男ありけり。人の娘を盗みて、武蔵野へ率(ゐ)て行くほどに、盗人なりければ、国の守にからめられにけり。女をば草むらの中に置きて、逃げにけり。道来る人、「この野は盗人あなり。」とて、火をつけむとす。女わびて、
   武蔵野は今日はな焼きそ若草のつまもこもれりわれもこもれり
 と読みけるを聞きて、女をばとりて、ともに率(ゐ)ていにけり。
 
 恋のためとはいえ、娘を奪った男は盗人に違いないので、国の守の手配によってとらえられることになる。そのため、男は女を草むらの中へ隠して逃げた。すると追っ手は「この野原に盗人がいる」(「あなり」は「あるなり」が変化したもの)といって火を放とうとしたので、女がどうか焼かないでくださいと嘆願するのである(「な焼きそ」の「な……そ」は禁止の表現)。「つまもこもれりわれもこもれり」というリフレインが切ない歌である。「若草の」は「つま」にかかる枕詞。女の願いが逆に男の存在を知らせることになってしまい、ふたりともとらえられてしまうという悲しい結末である。
 この話は同じ『伊勢物語』の第六段の「芥川」によく似ている。
「芥川」では、身分の高い女性に恋焦がれていた男が女を盗み出し、闇にまぎれて芥川という川のあたりを逃げていたときのこと、女が草におりた露を見て「かれは何ぞ」と尋ねる。夜が更けて雨となり、雷まで鳴り出したので、男は女を荒れ果てた倉の奥深くに隠し、入口で番をしていた。ところがそこは鬼の棲み処で、女は一口で食われてしまった。「あなや(あれえ)」と声を発したのだが雷鳴でかき消されて男には聞こえなかった。朝になり、男が倉の中を探したときには、女は姿かたちもなくなっていた。そこで男が詠んだ歌。
  白玉か何ぞと人の問ひし時露と答へて消えなましものを
 女が「かれは何ぞ(あれは何か)」と尋ねたとき、あれは露ですと答えて共に消えてしまえばこんなことにはならなかったのに、と悔やんだのである。
 じつは鬼に食われたのではなく、兄にあたる堀川の大臣が取り戻したのであった。女はのちに二条の后となった女性のことだというが、彼女が男をどう思っていたかは書かれていない。それにくらべると第十二段の盗まれた女が「(わが)つま」と呼んで男をかばおうとしたのがせつなく思われる。






 (c)yumiko katayama

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