第85回 2011/10/25

  高濱虚子の100句を読む     坊城俊樹



   何某に扮して月に歩きをり    虚子
        昭和十三年十月八日
        観月句会。大船、松竹撮影所。

 その句会の趣旨からしても、この句の主人公は俳優かなにかと察せられる。
 虚子は「武蔵野探勝」のころもこの撮影所かその近辺の吟行を好んだようである。日常とことなる非日常の世界がそこにあるからであろう。
 何年のものか失念したが、虚子一行が撮影所のメンバーたちと俳人とともに撮った集合写真があった。虚子はおもしろくもないような仏頂面で中央に収まっている。そして、その傍らには和服のとてつもない美人が居る。
 それこそが、女優の入江たか子その人であった。
 彼女は、この掲句の時代こそが最盛期であって、美人女優としては原 節子・山田五十鈴とともに三大美人ともよばれた。
 この句の人物が彼女であつた確証はないが、後の化け猫女優としての名声を思うとなんともあやしげな雰囲気がなかろうか。
 実は、彼女の本名は、東坊城英子という。
 ざんねんながら、坊城家とは血縁ではないようだが、このくらいの祖母がいたなら筆者ももうすこし見栄えがしたかと・・・
 東坊城家は子爵で、その父生存のうちは裕福であったが、没後貧窮したものの彼女は文化学院に通う。あるいはそのころ、虚子や立子、友次郎などに接触し知古となったのかもしれない。
 ところで昭和五十三年に坊城中子が彼女のもとを訪れている。有楽町にあったとんかつ屋である。もう壮年であるが、その柳腰の後ろ姿ですぐにその人とわかったらしい。虚子の懐かしい話しをし、その優しさに話しが及んだという。
 そのころの彼女は余生とでもいえるものだが、その間角川映画の「時をかける少女」などに出演しているのだからたいしたものだ。
 それにしても彼の写真の虚子はまことに少しも嬉しそうにしていない。その当時と思うが、ある俳人が虚子に入江のことを聞くと、
 「そんなに穢い娘とも思いませんが、すごい美人とも思いませんでした」
 とつれない。
 虚子はいつも薄幸そうで、静かな美人がすきであったので好みではなかったのであろう。端正で妖艶な坊城家と遠縁かもしれぬ八頭美人はお気に召さなかったようだ。






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