第94回 2012/1/10

  高濱虚子の100句を読む     坊城俊樹



   大桜これにかしづき大椿    虚子
        昭和三十年四月二十四日
        近詠

 この句は、虚子最晩年の著作『虚子俳話』にみられるものである。この回のタイトルは「俳句らしき格調に誇りを持て」

 曰く、
 「俳句は極端に文字を省略する。その省略に妙味がある」
 この句は「大桜」で一度切れる。切れ字はないが名詞止めという作用によってそこに一拍の空白を存する。
 曰く、
 「俳句らしき調べも自然に極まつてくる。歌の調べがある如く、俳句にも調べがある。俳句独特の調べがある」
 「大桜」・・・これにかしづき「大椿」・・・
 おおざくら おおつばき
 この五七五の調べは、均衡がとれていて且つ「おお」という音の重なりによって、歌の如き調べがある。しかし、最後の切れによって叙情の過多を排す調べとなる。
 曰く、
 「俳句には俳句の格調といふものがある。俳句も亦た諷詠の詩である。俳句らしき格調を守らねばならぬ」
 俳句は諷詠の詩であるという。それはつまり季題の諷詠詩である。単に、事実や心情を諷詠するのでなく、季語たるきせつの言葉を昇華し季題へと格調を高める。
 掲句の場合の季題は「大桜」である。なにも杓子定規に限定するものでもないが、「大椿」はそれり端役として桜の格調を高め、句の格調を高めている。
 曰く、
 「『俳句らしき格調に誇りを持て』といふのである。自ら卑しうして他の詩に隷属する事は戒むべきである」
 
 虚子八十二歳にして、この格調を誇りにせよという言葉で『虚子俳話』は始まっている。「誇り」という言葉は案外現代の俳人、詩人、文人にも存しないものである。いわんや、日本人にも存しないものである。
 大いに自戒すべきものである。




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