第95回 2012/1/17

  高濱虚子の100句を読む     坊城俊樹



   蠅叩手に持ち我に大志なし    虚子
        昭和三十一年七月十五日
        稽古会、第一回。鹿野山神野寺

 『七百五十句』所蔵。
 これは昭和三十九年に高濱年尾などによって編纂された、虚子没後に出版された句集である。
 『六百五十句』以降、「ホトトギス」のその号に応じて、その句数を同じくして虚子自身が編纂したが、虚子没年に七百五十号となったため、子息の年尾と星野立子が編纂した。
 そのもととなる『句日記』は膨大なる数の俳句があるが、そこからの抜粋として虚子の最後の完成された句集といえる。
 それにつけても、愉快なる句である。虚子らしい。もっとも、この「蠅叩」は異様なる好みであったようで同句集はそのオンパレードである。

  山寺に蠅叩なし作らばや    虚子  昭和二十九年
  一匹の蠅一本の蠅叩          同
  蠅叩即し彼一句我一句         同
  仏生や叩きし蠅の生きかへり      同
  蠅叩とり彼一打我一打         同
  山寺に名残蠅叩に名残         同
  蠅叩にはじまり蠅叩に終る       同
  去年残し置きたるここの蠅叩      昭和三十年
  蠅叩われを待ちをる避暑の宿      同
  必ずしも蠅を叩かんとに非ず      同
  蠅叩作り待ちをる避暑の寺       昭和三十一年
  打たんとてもの憂き蠅を只見たり    昭和三十二年
  昼寝する我と逆さに蠅叩        同
  新しく全き棕櫚の蠅叩         同
  籐椅子は禅榻蠅叩は打棒        同

 およそ、千葉県の神野寺の句が多いが、掲句をはじめ十六句というのは尋常でない好みである。
 この次に『七百五十句』で多いのが「老の春」と思われるが、これも十三句ほどある。
なんとも執念というか、底知れぬユーモアがかえって恐ろしい。
 



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