火の歳時記
片山由美子

 
   【火の路】 第7回 NO7 平成20年2月26日
 前回の水天宮について補足しておきたい。水天宮といえば日本では神社である。それがなぜ仏教と関係があるのか。宗教の歴史はきわめて複雑であり、現在の日本の神社と寺院のようにはっきり分かれて共存している状態は歴史的に見れば新しいといえる。全く別の宗教が役割分担をして住み分け、共存をはかっているというのは稀な形態かもしれない。しかし、かつては神仏習合だったのである。
 ルーツをたどれば同じ神だったり、名前が同じでも、正反対の神の場合もある。善神のはずが悪神であったりするのである。ゾロアスター教の「アフラ」とバラモン教の「ヴァルナ」は同一の神であるといったが、仏教ではこれが「阿修羅」となり、こちらは天上の神に戦いを挑む悪神であった。もっとも、のちには仏法の守護神となるのであるが。
 ヴァルナは天空を司るだけでなく、司法神(契約と正義の神)、水神などの属性を有していた。しかし、水神以外は他の神に役割を奪われ、十二天のひとつである西方の守護神「水天」としても仏教に入っていくのである。
 日本で水天宮といえば、福岡県の久留米水天宮を総本社とする神社のことで、源平の戦いの際、壇ノ浦に入水した安徳天皇、健礼門院徳子、二位の尼を祀っている。安徳天皇は「水天」とも呼ばれるという。こちらは12世紀の話になるが、仏教の守護神の水天と結びつけ、神としたのであろう。
 火を崇めるゾロアスター教のアフラマズダが「水天宮」にもなるというのは、現代の感覚では不思議なことだが、火と水は全く逆のものでありながら切り離すことのできない密接な関係にある。それを象徴する行事のひとつが修二会で、東大寺二月堂で行われる通称「お水取り」として広く知られる。水が中心的な役割を果たすこの法会において、最大の盛り上がりを見せるのは「達陀(だったん)の行法」である。ここでは松明を持った僧が堂を駆け巡るという異様な行を行うのだが、そこに「達陀」名が出てくるのはきわめて興味深いことである。中国から伝わってきたことを語っているこの行について、ゾロアスター教との関連を指摘する説があるのはもっともなことではないだろうか。
  火を浴びて籠松明の走りけり     中岡毅雄
   
 
 (c)yumiko katayama
前へ 次へ 戻る HOME