火の歳時記

NO17 平成2056


片山由美子

 
   【火の伝説】 第5回
 プロメテウスの物語は、いまもなお生きている。このところ連日のようにニュースになっているオリンピックの聖火リレーの一件も、じつはプロメテウスに端を発する。
 聖火は、古代オリンピックの期間中、プロメテウスを讃えて燃やし続けたものであった。なぜプロメテウスかといえば、神の世界から奪ってきた火を人類に与えるという勇敢な行為はもちろん、それ以前に、水と泥から人間を創り、他の獣のもつ全能力を付与したという、いわば人間そのものの生みの親として感謝を捧げられるべき存在だったからである。さらにはプロメテウスは人間に技芸を教えたことにもなっていて、オリンピック競技とのかかわりは深い。
 いまや聖火はオリンピックの象徴となっているが、これが取り入れられたのはそう古いことではない。近代オリンピックで最初に聖火がともされたのは、1928年のアムステルダム大会だった。そして八年後のベルリン大会から、いまではお馴染みの聖火リレーが始まったのである。1936年、ドイツがポーランドへ侵攻する三年前のことだ。そのためいまでは、聖火リレーは、ヒトラーが周辺の地形や交通の調査のために行わせたといわれている。ナチスは、周辺国家への侵攻に備えて、道路整備を着々と進めていたのである。
 今回は、聖火リレーが政治的な問題に巻き込まれてしまったのは不運なことであった。それというのも、前回のギリシア大会ではリレーの距離が短すぎることから、世界各地の過去のオリンピック開催都市を78日かけて巡るというリレーを行った。それが好評だったことから、今年の北京大会でも踏襲したのが裏目に出てしまったのである。中国のチベットへの干渉が世界中から非難を浴び、聖火リレーを妨害することで中国に対する抗議を示す動きが広がってしまったのだが、聖火リレーがこのような場に引き出されたのは初めてのことに違いない。
 それはともかく、聖火がショーとして大会を盛り上げる効果は大きい。まずはオリンポス山のヘラ神殿跡で太陽光線から採火される。よく、この模様がテレビで放映されるが、白い古代衣裳に身を包んだ11人の巫女役の女優が、凹面鏡にトーチをかざすと炎があがる瞬間は神秘的である。これはじつはリハーサルで、実際の儀式は非公開である。採火された聖火は、リレーによってオリンピック開催都市まで運ばれてゆく。いつの世においても、聖火が人間に力を与えるものであることを祈りたい。

  つよき火を焚きて炎暑の道なほす    桂 信子
   


 
 (c)yumiko katayama
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