火の歳時記

NO18 平成20513


片山由美子

 
   【火の伝説】 第6回
 日本の家の中にはいろいろな神様がいるが、竈神はもっとも身近な存在である。神無月には全国八百万(やおよろず)の神々が出雲へ集まるといわれるが、竈神は例外でその期間も家を守るのだという。ギリシア神話にも竈神はいる。ヘスティアという名で、じつは神話では活躍の場面を与えられていないのだが、各家庭の守護神として家の中心に祀られていた。ギリシア人が酒盛りを開くときは最初と最後に彼女に酒を捧げるのが決まりであるところから、ものごとを手順を踏んで為すということを「まずヘスティアから始める」というのが諺になったという。さらには、それぞれの都市国家(ポリス)にも竈があり、遠い世界に乗り出すときにはこの火を分けて持って行った。もちろん、新しい植民都市を築き上げた際には、その中心にこの火を据えて竈を作るのである。このような火の伝達はほかでも行われている。
 中国南部では媽祖(まそ)という名の女性神が祀られている。特に華僑の人々の信仰が篤く、航海の守り神でもある。媽祖廟には火が守られていて、華僑は新しく進出するところへこの火をもらって行き、媽祖廟を建てるのだという。媽祖が商売繁盛を助けてくれるということらしいが、ギリシアのヘスティアとよく似ている。
 竈にかかわるからかもしれないが、女性神が守り神というのは世界各地で共通しているようだ。竈というのは、民俗学的にはさらに興味深いものとしてとらえられている。家の竈を守ることのほかに別火という聖なる火があるのだ。別火についてはお水取りの際にも潔斎のための火として触れたが、さまざまな場面で必要とされる。横手のかまくらも別火のひとつと考えられているが、志摩半島の海女の磯竈(磯焚火)も別火である。丸太や笹竹で囲った小屋を作りその中で火を焚くもので、海から上がった海女たちが身体を温めたり寛いだりする場所だ。男子はそこへ入ることができない。命がけの仕事をしている女性たちにとって、ここは神聖な場所であり、そこで焚く火もまた特別の火なのである。
 また、海辺の広い地域で三月三日や五月五日に娘たちが集まって海の物を煮炊きして食べる風習があった。これを「浜下り(はまおり)」「磯遊び」などと呼ぶ。ここでも、家の火とは違う火で煮炊きをすることに意味がある。これは一つの通過儀礼で、娘が一人前の女として認められるために必要とされたと考えられている。

  磯焚火大きな跡を残しけり       皆川盤水
   


 
 (c)yumiko katayama
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