火の歳時記

NO19 平成20520


片山由美子

 
   【火の伝説】 第7回
 火は聖なるものとして崇められるだけではない。神話においてはさまざまな場面に登場する。「ギリシア神話」の話をまずひとつ。
 メレアグロスという英雄がいた。「ギリシア神話」の英雄とは、神と人間の交わりによって生まれ、武勇などにすぐれた存在、つまり半神(ヘーミテオス)を意味する。ゼウスは美女と見れば追いかけ、その結果、神と人間の子があちこちに生まれた。このような半神はゼウスの子にかぎったことではなく、英雄として活躍し、名をとどめている存在は多いのである。ただし、完全な神ではないため不死身ではない。
 メレアグロスも英雄のひとりで、カリュドンの大猪(おおいのしし)狩という伝説の主人公である。話は遡りメレアグロスが生まれて七日目のこと、「運命の三女神」(モイライ)が現れて竈の薪を指差し、この木が燃え尽きたときメレアグロスの命も尽きるだろうと言った。それを聞いた母親のアルタイアは、慌てて燃えている木を取り出して火を消し、箱の中に仕舞い込んだ。その結果、メレアグロスはまさに英雄として成長した。ある年、収穫祭で神々に初穂を捧げる際に、父親でカリュドンの王であるオイネウスが、うっかりアルテミスに奉献するのを忘れてしまった。アルテミスはオリンポスの十二神のひとりで、ゼウスの子、といっても母親は正妻ヘラではなくレトで、アポロンの姉とも双子ともいわれる。アルテミスは狩の女神であり、過剰なまでに潔癖な処女神ということになっていて、とにかく極めてきつい性格だった。その神への捧げ物を忘れてしまったのだから大変である。大いに怒ったアルテミスは凶暴な猪を放ってカリュドンの地を荒らしまくり、人畜に大きな被害を与えた。驚いたオイネウス王はギリシア中から英雄を募り、大猪退治に乗り出すことにした。もちろんメレアグロスも参加する。男勝りの女神アタランテもその中にいた。しかし、英雄たちといえどもこの猪にはてこずり、命を落すものもあったが、ようやくメレアグロスがとどめを刺したのである。この猪を討ち取ったものには皮が与えられることになっていたが、メレアグロスは皮を手に入れると、好意を抱いたアタランテにやってしまったのである。ところがアルタイアの兄弟たちはこれを許さず奪い取った。するとメレアグロスは叔父たちを殺して皮を取り返し、再びアタランテに与えたのである。城に兄弟の遺体が運び込まれると、取り乱して前後を忘れたアルタイアは、何とあの箱を持ち出し、燃え残っていた薪を取り出すと竈に投げ入れてしまったのである。当然のことながらメレアグロスは息絶え、城に帰ってくることはなかった。

  夏炉燃ゆ煙清浄火清浄        大橋櫻坡子
   


 
 (c)yumiko katayama
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