火の歳時記

NO23 平成20617


片山由美子

 
   【火の伝説】 第11回
 出産が近づいてくると、コノハナサクヤビメは戸口のない大きな産屋を造らせ、中に入ると内側を土で塗り固めた。そして出産のときが来ると中から火を放った。その火が燃え盛ったとき、火照命(ホデリノミコト)、火須勢理命(ホスセリノミコト)、火遠理命(ホオリノミコト)の三人の子(神)が生まれた。火須勢理命は彦火火出見尊(ヒコホホデミノミコト)と呼ばれることもある。三人のうちのホデリは海幸彦、ホオリは山幸彦のことである。
 この出産で、コノハナサクヤビメに対するニニギノミコトの疑いは晴れたわけであるが、『富士古文献』によれば、出産を終えたコノハナサクヤビメは富士山の火口に身を投げたという。これによってコノハナサクヤビメは富士山の祭神となった。
 ところで、ニニギノミコトが高天原から降り立った高千穂はいうまでもなく筑紫の日向である。コノハナサクヤビメと出会った笠沙の御崎(かささのみさき)も薩摩半島の西端とされている。この九州の話が、なぜ遠い富士山と結びついたのであろうか。それは、記紀が成立した奈良時代に、富士山が盛んに噴火していたことを物語っている。都のひとびとにとってもそれは怖ろしいことであった。その活火山としての富士山が、火の中で出産したというコノハナサクヤビメの伝説と結びつけられたのである。いにしえから美しい山容を誇っていた富士山と、美貌の誉れ高いコノハナサクヤビメが、美しさにおいて重なったこともあるだろう。そしていつの間にか、富士山を御神体とする浅間神社がコノハナサクヤビメを祭神とするようになったのである。いまでも、全国に千三百以上あるという浅間神社の多くはコノハナサクヤビメを主祭神とし、その父のオオヤマツミ、夫のニニギノミコトもともに祀っている。
 ところで、海幸彦と山幸彦の話は「海幸・山幸」という子供向けの物語にもなっているが、アダムとイヴの子であるカインとアベルの争いを思わせる。アベルのように弟を殺すまでには到らないが、海幸・山幸の争いは長く続く。要約すると、ウミサチは海で漁を、ヤマサチは山で狩猟をして暮らしていたが、あるとき弟のヤマサチが兄にそれぞれの猟具と漁具を取り替えようと持ちかける。そして、ウミサチが山で、ヤマサチが海で獲物を狙おうとしたのだが、ヤマサチは兄のだいじな釣針をなくしてしまう。それを返すよう兄から執拗に迫られて海へ探しに行くのだが、これは浦島伝説のもとになっている。海の神、大綿津見神(オオワタツミノカミ)の助けでようやく釣針を取り戻してヤマサチは帰ってくるが、その後も兄との争いは続く。そしてオオワタツミに授けられた知恵によって兄を屈服させる物語だが、これは国の平定の寓話といえるだろう。ウミサチの孫に当たるのが神武天皇であり、神道にとっては重要な話である。

  天に海に烏賊船の火のともりそむ      原 石鼎
   


 
 (c)yumiko katayama
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