火の歳時記

NO26 平成2078


片山由美子

 
   【火の伝説】 第14回
 前々回、秋葉神社(あきはじんじゃ)が火伏せの神であることを述べた。この秋葉神社ともうひとつ、愛宕神社が火伏せの神として知られる。祭神は秋葉神社が迦具土だったのに対し、愛宕神社は火傷を負って死んだホムスビノミコト(火産霊命)=イザナミのほうである。いずれにしても、それぞれ千社におよぶ分社があるというのだから、火を恐れる人間心理をうかがわせる。
 このほかにも、民間信仰としての火伏せがさまざまなところで行われている。古い寺などを解体修理する際に、屋根の妻のところに「水」の字を書いてあるのを見ることがあるが、これも火事にならないようにというおまじないである。建築の様式に取り入れられているものも少なくない。例えば歌舞伎座の屋根を見上げてみるといい。破風の部分が装飾的になっているが、これは「懸魚(げぎょ)」と呼ばれるもので、水と関係の深い魚を屋根に掲げて「水をかける」、つまり火災から建物を守るまじないなのである。神社仏閣や城郭建築では、必ずこうしたものがデザイン化されて取り込まれている。境内に銀杏を植えているところが多いのも、銀杏は水分保有量が多く、なかなか燃えないといわれていることから、延焼を防ぐだけでなく防火のためだった。スプリンクラーなどなかった時代の精一杯の対策である。
 変わったところでは、宮城県の中新田(加美町)に六五〇年間伝えられてきた虎舞という伝統芸能がある。このあたりは、春先奥羽山脈から吹きつける強風のために大火に見舞われることが度々あった。そこで「雲は龍に従い、風は虎に従う」の故事に習い、虎の威を借りて風を鎮め、火伏せを祈願したのが起源とされる。当初は初午の行事のひとつだったが、現在は毎年四月二十九日に行われている。獅子舞さながらの虎舞は、お囃子にのって町内を山車とともに練り歩き、各家の防災と家内安全を祈るものである。
 埼玉県東松山市の箭弓稲荷神社でも初午に火伏神事が行われ、茨城県の鹿島神社では、八月の大祭の行事の中で火伏せが行われる。長岡の秋葉神社では七月二十四日の火祭が行われ、火伏せを祈願する。ほかにも全国各地で、火伏せの神事を行っているところは少なくない。
  火祭にして火鎮めの水を打つ     行方 克巳
   


 
 (c)yumiko katayama
前へ 次へ






今週の火の歳時記 HOME