火の歳時記

NO27 平成20715


片山由美子

 
   【火の歳時記】 第1回 「虫送り」
  今回から、火が登場する季語の話を「火の歳時記」、その他の火にまつわるエピソードを「火の話」とし、並行して紹介してゆくことにする。
 すでに梅雨が明けた地域もあり、真夏のような暑さが続いている。湿度が高いこともあって不快指数は相当なものであるが、この高温多湿の気候こそ米作りには必要である。田圃ではいま、すっかり生長した稲が風に波打っている。この季節に昔から行われてきたのが「虫送り」という行事である。イナゴやウンカなどの害虫を追い払い、悪霊を村から追い出すために、松明を掲げ、鉦鼓を鳴らしながら夜の田道を囃して歩き、虫の作り物を村境まで追い遣るのである。地域によって「虫流し」「田虫送り」「稲虫送り」「虫追い」「虫供養」など、さまざまな呼び名がある。また「実盛送り」ともいうのは、『平家物語』に登場する斎藤別当実盛に由来する。実盛ははじめ在原を名乗り、のちに藤原氏となった人物で、代々越前に住んでいた。それが武蔵国長井に移り、源為義・義朝に仕えた。その後平宗盛に仕えることになり、木曽義仲が兵を挙げた折にこれを撃つため維盛に従って戦ったという。最後の戦と覚悟して、すでに白髪となった髪を黒く染めて赴いたというのが能にもなっている。そして奮戦したのであるが、稲株に足を取られて転倒し、手塚光盛に撃たれてしまった。それを恨んで稲虫になったとも、害虫を放つともいう。ともあれ、稲田から出て行ってもらわなければならないので「実朝送り」、怨霊を鎮めるために「実盛祭」と呼ぶのである。藁で作った実盛人形を川や村境まで送ってゆく。
  生きるもの闇に影なす虫送り      鍵和田柚子(「木」は禾扁)
  出来の良き田の中を行く虫送り     森田公司
  虫追ひの大きな闇にまぎれけり     田口紅子
  虫送りここまでといふ磨崖仏      吉川一竿
  残り火を海へ投げたる虫送り      茨木和生
    等々、臨場感のある作品が今もなお作られている。ひところ廃れかけた行事だが、最近復活させて伝統を伝えようとしている地域がある。
 また、秋に分類している歳時記もあるのは、土用の入りの頃から稲が実る初秋まで、地域によってずれがあるからである。
 先日テレビを見ていたら、中国の雲南省でもまったく同じような「虫送り」を行っている様子を放映していて驚いた。稲作とともに、こうした行事も伝わってきたのであろう。雲南省は竹林が多いことも日本と似ていて、虫送りに使う松明も竹を束ねて燃やすのであった。パチパチ音を立てながら赤い炎が勢いよくあがっていた。日本でも竹の松明を使うところが珍しくないという。興味深いことである。

 
   

 
 (c)yumiko katayama
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