火の歳時記

NO28 平成20722


片山由美子

 
   【火の歳時記】 第2回 「火取虫」
 俳句を始めるまで、つまり歳時記を開くまでは知らなかったことばがたくさんある。私にとっては「火取虫」もそのひとつだった。灯火を目がけて飛んでくる甲虫類や大小の蛾は昔は夏の夜につきものだったが、それを「火取虫」や「火蛾」と呼ぶというのに驚いた。「火虫」「火入虫」となるともっとリアルに聞こえる。「飛んで火に入る夏の虫」とはまさにこれでだろう。古くは「夏虫」といういい方があって、蛍・蝉・火取虫・蚊を意味した。興味深いのは、歌に詠まれたのは蛍と蝉だけだが、俳諧はどれを詠んでも構わなかったということである。
  夏虫も火を守る宇治の網代かな       越  人
  片羽もえて這ひ歩行
(ありき)けり夏の虫    闌  更
   「燭蛾」「火取蛾」などという名も歳時記の傍題として挙げられている。こうした火に集まる虫のイメージを鮮明にしているのが速水御舟の「炎舞」である。炎にに集まってきた蛾が乱舞する様子が、日本画独特の筆遣いで描かれている。これを見るにつけても、やはり本物の火でなければと思う。  
速水御舟 『炎舞』
    掃きよせて嵩なき昨夜の灯取虫       原 柯城
  灯虫さへすでに夜更のひそけさに      中村汀女
   時代の流れで、照明に生の火を使うことなどむしろ稀となるにつれて、このような句が
作られるようになったわけであるが、「火虫」の狂気はそこにはないのではないか。
 夏の虫が火(灯)に集まる性質を利用したのが誘蛾灯である。昼かと思ってしまうような明るさに吸い込まれるようにさまざまな虫が飛んでくる。朝になるとほとんどが死に絶え、わずかにごそごそ動いている虫は哀れである。目の眩むような水銀灯が庭園に備えられたのも既に昔のことのようだ。最近あまり見かけないのは、それほど虫で困ることもないからだろう。冷房のない家は稀で、夏はむしろ夜も締め切っているのだから、部屋の中へ虫が入ってきて困るなどということはないのである。 
 昔は、湿度の高い夜には羽蟻やウンカが灯火に群がり、人間にまでまとわりついて不快きわまりなかった。蛾もさまざまな種類のものが飛んできたものである。雀蛾(スズメガ)や天蚕(ヤママユ)など珍しくはなかった。天蚕や楠蚕(クスサン)は翅を広げると10センチ以上もあり不気味であった。子供のころ蝶だけでなく蛾も採取していた時期があったが、胴の太い蛾は、蝶のように押えて仮死状態にしておくというわけにもいかず、触覚もブラシのようだし、蝶とはまったく別の生き物だと思った。天蚕の一種である大水青(オオミズアオ)は白に近い白緑(びゃくりょく)で、妖艶といってもよい美しさだった。
 そんな火取虫が乱舞していた田舎で過ごした夏がいまは懐かしい。
   

 
 (c)yumiko katayama
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