火の歳時記

NO38 平成20107


片山由美子

 
  【火の話】第3回 「火焔山」(2)

 そこへ通りかかったのが餅売りの若い男である。悟空がその男から餅を買ったところ、何と火のように熱い餅だった。ここでは何でも熱いのだという。悟空は、そんな土地でなぜ餅の材料の穀物が育つのか不思議に思って男に聞くと、鉄扇仙という仙人が持っている芭蕉扇を借りればいいのだとのこと。一度扇げば火が消え、二度扇ぐと風が起こり、三度扇げば雨が降るという魔法の扇らしい。これを使って五穀を育てるのだと聞いた悟空は、初めに会った老人のもとへ取って返した。
 老人に鉄扇仙に会うにはどうしたらよいかと訊ねると、この土地の者は十年に一度さまざまな貢物を持って翠雲山というところまでお願いに行くのだという。往復でひと月はかかる遠さというが、悟空はあっという間に空を飛んで行ってしまった。すると樵が木を伐っていたので鉄扇仙のことを訊くと、そこに住んでいるのは鉄扇仙公主で、またの名を羅刹女(らせつじょ)というとのこと。羅刹女とは何と宿敵、大力牛魔王の妻なのであった。二人は悟空たちが前にやっつけた紅孫児(こうがいじ)の両親である。そんな連中が助けてくれるはずはない。案の定、羅刹女は悟空を見るや怒り狂い、攻撃を仕掛けてきた。二人は夕方まで戦い続けたが決着がつかず、夕方になってしまった。悟空に勝てないと見た羅刹女は、芭蕉扇を取り出してひと扇ぎした。すると俄かに陰風が吹き、悟空を遙かなたへ吹き飛ばしてしまった。
 悟空がようやく落ちたところは、以前、霊吉(りょうきつ)菩薩に助けを求めにやってきたことのある小須弥山だった。菩薩に成り行きを話すと、またもや妙案を授けてくれた。菩薩が持っている定風丹を身につけていさえすれば芭蕉扇の風にもびくともしないといい、悟空の着物の襟に縫い付けてくれた。斗雲に乗って翠雲山へ戻った悟空は再び羅刹女に芭蕉扇を貸して欲しいと頼みに行った。もちろん聞き入れるはずはなく、羅刹女は芭蕉扇で扇いで悟空を吹き飛ばそうとしたが、今度は何度扇いでもびくともしない。あわてた羅刹女は洞内に逃げ込み、門を固く閉じてしまった。そこで悟空は菩薩から授かった定風丹を取り出すとそれを呑んで羽虫に化けた。そして戸の隙間から入り込み、羅刹女の住まいまでやってきた。ちょうど羅刹女がお茶を飲もうとしているところだったので、葉屑と一緒に茶碗に紛れ込み、羅刹女の体内へ入り込むことに成功した。
 芭蕉扇を貸して欲しいと怒鳴ると、羅刹女は悟空がどこから家の中へ侵入したのか不思議に思うばかりだった。悟空は羅刹女の体内にいるのだと叫んだ。腹の中を動き回っては蹴ったり突いたりするので痛みに耐えかねた羅刹女は、とうとう降参して芭蕉扇を渡すので出てきてほしいと懇願した。羅刹女の口から飛び出してもとに姿に戻った悟空は、ようやく芭蕉扇を手に入れることができたのである。だが、この話はまだ続く。


   

 
 (c)yumiko katayama
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