火の歳時記

NO39 平成201014


片山由美子

 
  【火の話】第3回 「火焔山」(3)

 芭蕉扇を手に入れた悟空は鼻高々である。三蔵一行は早速出発した。
 ひたすら西へ歩むこと四十里、またもや酷熱がつのってきた。三蔵を乗せた馬はどんどん速度を上げる。地に脚をついていられないので、跳ねるように駆けるしかないからである。そこで、悟空は芭蕉扇を取り出すと、火に近づき、ひと扇ぎしてみた。すると、火は収まるどころかさらに燃え上がった。そこでもう一度扇いだところ、何と炎は百倍になり、もうひと扇ぎしたために千丈もの高さになってしまった。こともあろうに、偽の芭蕉扇だったのである。慌てふためいていると土地神が現れ、本物の芭蕉扇を手に入れるには大力王に頼むしかないというのだった。大力王は羅刹女の夫の牛魔王のことで、二人は折合いが悪く、王のほうはよそへ婿入りして積雷山の摩雲洞というところに住んでいるという。その積雷山は南へ三千里のところにあると聞き、悟空はひとりで飛んで行った。
 大力王と悟空は、五百年前に義兄弟の契を結んだ仲である。何とか頼み込んで一緒に翠雲山へ行き、羅刹女から芭蕉扇を借りてもらおうと考えたのだが、現在の妻が邪魔をしたり、王が宴会に出かけてしまったりで埒が明きそうにない。そこで、悟空は王に化けると王が乗る金睛獣に跨って翠雲山まで飛んで行った。侍女たちはびっくり。羅刹女もいそいそと出迎えた。早速歓迎の宴となり、王に化けた悟空は羅刹女を酔わせて芭蕉扇の在り処を聞き出そうと必死である。久々に夫が戻ってきたことに気をよくした羅刹女は、酔っ払って悟空の誘導尋問に引っ掛かり、口の中に入れてあった本物の芭蕉扇を取り出して見せた。杏ほどの小ささなので、それがどうして扇になるのかを訊かれるとべらべら喋ってしまった。柄に付いている七本目の赤い糸をひねり、呪文を唱えればたちまち一丈二尺の長さになるという。その呪文を頭に叩き込んだ悟空は芭蕉扇を口の中へ投げ込み、頭をひと撫ですると元の姿に戻って「やい、羅刹女!これがお前の亭主かどうかとっくり見やがれ!」叫んだ。悟空が王に化けていたと知った羅刹女は、悔しさのあまり卓をひっくり返した。身も世もあらずわめき散らしたが後の祭。まんまと芭蕉扇を手に入れた悟空は雲に乗り、ある山の上へ降り立った。そして芭蕉扇を口から取り出すと赤い糸をひねり、呪文を唱えてみた。扇はみるみる大きくなった。偽物とは違って祥瑞の気が漂い、三十六本の赤い糸が縦横、前後に編み込まれていた。惚れ惚れと眺め、さて畳もうとしたが、畳むときの呪文を訊いてこなかったことに気づいた。仕方なくそのままかついで三蔵のもとへ向かった。
 宴会ですっかり時を過ごした大力王は、帰ろうとして金睛獣を探したが見当たらない。悟空が盗んだと悟った王は、雲に乗ると悟空が行ったに違いない翠雲山へ向かった。そこにはもう悟空はいず、泣き叫ぶ羅刹女にしがみつかれた。王は自分が仇を討ってやるからと、取り残されていた金睛獣に乗って悟空を追いかけた。(つづく)



   

 
 (c)yumiko katayama
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