火の歳時記

NO40 平成201021


片山由美子

 
  【火の話】第3回 「火焔山」(4)

 牛馬王が悟空に追いつくと、悟空は得意になって芭蕉扇をかついで歩いているところだった。これを取り返そうと王は一計を案じた。王も変身の術では悟空に負けていない。猪八戒に化けると、三蔵が待ちかねているといって悟空を迎えにやって来た。そして、疲れただろうから芭蕉扇を持ってやろうというと、有頂天になっていた悟空はあっさり扇を渡してしまったのである。牛馬王はもとの姿に戻り、呪文を唱えて扇を小さくたたむと口に放り込み、どんなもんだと悟空をあざ笑った。苦労して手に入れた扇を奪われた悟空は油断したことを悔やんだが後の祭である。またもや争奪戦を繰り広げなければならなくなった。
 今度は猪八戒も加わって馬鍬を振り回すのでたまらず、王は白鳥になって空へ飛んで行ってしまった。この後は変身合戦である。悟空は鷲に化けて舞い上がると、雲間から白鳥めがけて急降下した。目をつつこうとした瞬間、王は慌てて鷹に変り、鷲に喰らいついてきた。悟空は黒鳳に化けて鷹を追う。王は白鶴となると「鶴のひと声」を残して飛び去ろうとした。それを逃すまじと丹鳳(たんぽう)に姿を変えた悟空は、鶴を制する声を発した。丹鳳は鳥の王者なので、ほかの鳥はめったに逆らうことはできない。仕方なく王は鳥から獐(のろ)に姿を変えて崖の下で草を食み始めた。ノロは鹿の一種の動物である。それも見破った悟空は餓えた虎に変わって襲いかかる。慌てた王は豹になって虎に咬みつこうとした。悟空は金色の眼をもつ獅子に変身して豹に挑みかかった。王は今度は熊になって獅子につかみかかる。悟空はかさぶた病みの象と化し、熊を蹴散らそうとする。というわけで目まぐるしい戦いとなったが、一向に決着がつかない。
 とうとう、四方八方から神々が登場することになった。東は須弥山の大力金剛、西は崑崙山の永住金剛、北は五台山の潑法金剛、南は峨眉山の勝至金剛と、それぞれの神に牛馬王は行く手を遮られてしまう。天へ逃れようとするがそこにも別の神々がいた。うろたえた王は白牛となって暴れ回ったが、遂には牛頭を斬りおとされてしまった。ところがそのあとからまた首が生えてきて、天の神に何度も首を斬られる羽目になり、とうとう観念して仏道に帰依することを誓ったのである。妻の羅刹女も芭蕉扇を差し出して命乞いをした。
 扇を手に入れた悟空が火焔山を扇ぐと、たちまち炎が収まり、もう一度扇ぐと涼風が吹いてきた。さらに扇ぐと黒雲が湧き上がり雨が降ってきた。そして、羅刹女に芭蕉扇を返す前に、火焔山の炎を完全に消し去る方法を聞きだした。なんと、四十九回扇ぐと火の元を絶やすことができるという。悟空が力をこめて四十九回扇ぎつづけると、山にだけすさまじい雨が降り注いで、火は完全に消えたのである。こうして、三蔵一行はようやく火焔山を越え、西へ向かう旅を続けることができた。『西遊記』の六十一回目で、火焔山の話はようやく終る。
 ところで、三蔵一行が通った現在のトルファン近くの高昌国の王、麹文泰は信仰が篤く、三蔵を敬って教えを請い、丁寧にもてなしたというが、数年後、天竺からの帰りに一行が立ち寄ろうとしたときには、既に高昌国は滅び、廃墟と化していた。現在はわずかに遺跡の痕跡が認められるのみである。



   

 
 (c)yumiko katayama
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