火の歳時記



NO56 平成21224





片山由美子

 
  【火の歳時記】 第20回 火振り祭

  熊本の阿蘇神社では、春の農耕が始まる前に火振り祭が行われる。阿蘇神社の歴史は紀元前二八二年に始まり、国造りの神々が祀られている。もともとは阿蘇山の火口に上宮があり、現在の一宮にある社殿は下宮である。立派な楼門は日本三大楼門のひとつ。
 火振り神事とも呼ばれる祭が行われるのは三月の二度目の申の日である。そのため、年によって日にちはずれることになる。この行事は、阿蘇神社十二神の「三の宮・国龍神(くにたつのかみ)」が姫神を迎える婚礼の儀式で、御前迎(ごぜむかえ)と呼ばれている。
 姫神は十キロあまり離れた吉松宮からやってくるため、その日の朝、神職とともに青年二人が迎えにゆく。御神体である姫神は、吉松宮近くの宮山の神木である樫の枝葉で作った「しば」と呼ばれるものにくるんで輿に載せ、青年が担いでくる。その途中、塩井川の堰に立ち寄って姫が身を清めることになっており、浄め化粧原で化粧をし、神に仕える家で食事をとるなどの手順がある。そして、ようやく夕方阿蘇神社へ到着すると、待っていた氏子たちは爆竹とともに松明を振り回して出迎える。この松明は茅を束ねたもので、長さ一メートル七〇センチから二メートル、直径派二〇センチほどもある。これに縄をつけ、両端に火をつけてぐるぐる回すのであるから、境内はあたかも火の海となる。写真に撮っても火の軌跡が輪を描いて見えるのが美しい。子供たちは蒲の穂を乾燥させたものに石油を浸し、竹の先に結び付けて振り回すのだという。
 この間に、神社の奥では両神の婚礼の秘儀が行われる。神の結婚は農作物の実りを願う行事として各地で行われるが、ここでは独特の行事として伝わっている。

  野を焼けと阿蘇の火振りの神祭            後藤比奈夫




   

 
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