火の歳時記



NO58 平成21310





片山由美子

 
  【火の歳時記】第21回 東京空襲忌


 震災忌とならんで、東京の忌わしい火の記憶として歴史に残っているのが東京大空襲である。
            三月十日
   かの夜かの炎の海を隅田川          長谷川櫂 
 最新の句集『新年』に収められている一句。
 東京湾ごしに、房総半島からも天を焦がさんばかりの火が見えたという話を子どものころよく聞かされた。東京の空襲は花火のようだったと八十歳の母が言う。
 三月十日、八月十五日、十二月八日など、日付だけで季語になってしまう日は、あいにく不幸な記念日である。
   八月や六日九日十五日
 という句があったが、これは作者を特定しにくい。同じ句を作ったというひとがたくさんいるはずなのである。だが、そのこと自体否定すべきではないだろう。これを読んで何の日?というひとがふえてしまうことのほうが怖い。
 昭和二十年三月十日は、その日にまだ生まれていなかったひとのほうが人口に占める割合が多くなりつつあるにちがいない。目撃したひとは減る一方である。
 終戦の半年前、皮肉にも当時は陸軍記念日だったこの日の未明、東京に一五〇機とも三〇〇機ともいわれる米軍のB29が来襲。わずか三十分ほどの焼夷弾による爆撃で下町全域が炎上した。消失家屋二十七万戸。死者十万人。焼け出されたひとは百万人にのぼった。

   遺されし者に東京空襲忌           山崎ひさを
   大川に春日あふるる空襲忌           舘岡沙緻
   小名木川流れ止まずよ空襲忌         平間真木子
   土筆なと摘まな三月戦災忌          上田五千石
   わが胸に三月十日余生なほ           辻 久子
   うつぶせに三月十日の落椿           水野柿葉
   若かりし叔父叔母三月十日の忌        染谷佳之子
   墨堤の三月十日茜燃ゆ             松木 実




   

 
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