火の歳時記

NO68 平成21519


片山由美子

 
  【火の歳時記】第27回 


 岐阜の友人から庭に蛍が五、六匹飛んでいるというメールが届いた。二日前のことで、初蛍だというがずいぶん早い。蛍といえば、

  五月雨に火の雨まじる蛍かな           守武
  ほたる火や雨の笹山吹きおろし          暁台

 このように梅雨時の湿度の高い夜に現れることが多く、六月になってから見るのがふつうではないだろうか。

  ほたる火のつめたさをこそ火といはめ       能村登四郎
  
 実際の火でないことは承知していても、闇のなかで点滅する光は火を思わせずにはいない。それも青白く、冷たい火なのである。蛍の句は、蛍火あるいは蛍の火として詠まれることが多い。
  
  水くぐり来し火とおもふ恋蛍           鷹羽狩行
  蛍火の一つは鬼火高舞へる            手塚美佐
  涙つぶほど深吉野の蛍の火            木田千女
  蛍火のとび移りたる草の揺れ           安原 葉

 このあたりは蛍を火そのものとして見ている。

  蛍火の明滅滅の深かりき             細見綾子
  蛍火のほかはへびの目ねずみの目         三橋敏雄

 この二句は点滅する光に焦点を当てている。蛇や鼠など、ほかの生きものの目は光ってはいるが点滅しない。子どものころ蛍狩にでかけるとき、点滅していない光に手を出さないようにといわれたものである。うっかり掴むと蝮だったりするからだ。

  蛍火とひとつ家の灯といづれ濃き         文挟夫佐恵
  蛍火やまだ水底の見ゆる水            福永耕二


 こちらは明るさにポイントがある。灯火にも匹敵するような明るさだというのだ。また、イメージとしての蛍火や、幻想を誘う句もある。

  蛍火や生絹(すずし)の沢を濡らすなり           安西 篤
  蛍火を夢の続きに持ち帰る            大橋麻沙子
  蛍火の遠き一つは観世音             伊藤通明
  蛍火や疾風のごとき母の脈            石田波郷
  蛍火や手首細しと掴まれし            正木ゆう子


 動きに目をとめるとこんな句になる。

  蛍火は闇に仏を彫るごとし            大串 章

 火の描く軌跡が仏の像を描き出していると見た、独創的な一句である。


   

 
 (c)yumiko katayama
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