火の歳時記

NO69 平成21526


片山由美子

 
  【火の歳時記】第28回 夜振火


  静かにも近づく火ある夜振かな         清原拐童

 「夜振」というのは夏、闇夜に松明などの明りを打ち振ってその火影に寄ってくる川魚を捕える漁法である。網で掬ったり、やすで突いたりすることが多い。古くから行われていたもので、蕪村の句にもある。

  雨後の月誰そや夜ぶりの脛白き         蕪 村
  
 いまでは禁止されているところも多いようだが、子どものころ、父が時々出掛けて行ったのを覚えている。カンテラを点し、やすと魚篭を持ち、近くの川の中を歩くのである。カンテラはカーバイドを水に溶かすと発生するアセチレンガスを燃料としていた。そのカーバイドの鼻をつく匂いがはっきりとよみがえってくるのは、有毒であるものの嫌いな匂いではなかったからだろう。
  
  橋の上夜振の獲物分ちけり           高浜虚子
  国栖人(くずびと)の面をこがす夜振かな          後藤夜半
  夜振の火かざせば水のさかのぼる        中村汀女
  あかあかと見えて夜振の脚歩む         軽部烏頭子
  夜振の火遥かに二つ相寄れる          今井千鶴子

 国栖は吉野の山奥にあり、大和朝廷にとって重要な集落だった。日本各地で夜振は行われていたことを俳句から知ることができよう。「火振」「夜振人」「川ともし」なども季語として用いられる。
 海でも夏の夜、灯をともして魚を捕るが、こちらは「夜焚」といっている。沖に舟を停泊させて照明に集まる魚を捕獲するのである。魚が光に反応して集まる習性を利用した漁法で、昔は篝火を焚いたことからその名がついた。いまでは太陽光とまがうばかりのハロゲンランプなどをあかあかと点すようになった。

  水の面を(さより)が走る夜焚かな           黒 湖
  まつさをな魚の逃げゆく夜焚かな        橋本多佳子
  夜焚の灯にはかにふえてきたりしよ       清崎敏郎
  降足らぬ夕立の沖へ夜焚舟           水原秋桜子





   

 
 (c)yumiko katayama
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