火の歳時記

NO77 平成21721


片山由美子

 
  【火の歳時記】第36回 花火(2)


   夏もはや夜々の花火にうみしころ     中尾白雨

  花火は夏の風物詩としてすっかり定着しているが、もともとは川開きの初日を告げるものだった。川開きは川の禊のために泳ぐ風習がもとになっている行事である。江戸時代に隅田川の川開きに大花火が催されて呼び物となると、全国にたちまち広まったという。花火は近世俳諧では秋に分類されている。

   花火見えて湊がましき家百戸       蕪 村

 外国では、花火は行事と密接に結びついている。大晦日や独立記念日のほか、復活際に花火を上げるところもある。そのひとつが世界遺産になっているギリシャのヒオス島だ。エーゲ海に浮かぶこの島の復活際の大花火が有名なのは、二つの教会がロケット花火を打ち合うからである。その数七万発というのでどうなることかと驚いたが、教会の建物に打ち込むのではなく、双方の鐘を狙って打ち合うと聞いて少し安心した。由来は、トルコの支配下にあった時代に教会の鐘を鳴らすことを禁じられていたため、騒ぎを装い鐘めがけて銃弾を撃って鳴らしたことによるもので、いまでは銃弾ではなく花火になったのだという。一晩中街が火に包まれるかのように見えるというのだから少々手荒ではある。
 花火の音楽を紹介したが、映画でも忘れられない一本がある。ポーランド映画の歴史的な名作「灰とダイヤモンド」である。「地下水道」とともにアンジェイ・ワイダ監督の名を世界中に知らしめたこの映画は、一九四六年にポーランドの作家イェジ・アンジェイフスキーが発表した小説が原作で、その前年、第二次世界大戦末期のポーランドの内戦前夜が描かれている。小説が発表されたときにはソ連の後押しを受けたポーランド統一労働者党が支配していたが、のちに連体の英雄となるアンジェイ・ワイダは当然反政府的立場でこの映画を作った。表面上は反政府運動の無意味さを描いたように見えることから上映が許可されたという。カムフラージュのひとつとして小説では登場シーンもさほど多くない青年マーチェクを主人公にしている。成り行きから暗殺者となったマーチェクは逃亡しかけたところで殺されてしまうのだ。物干し場で腹部に血を滲ませながら白いシーツをつかんで倒れかかるところは映画の名場面のひとつとして知られる。カラーならさほどでもないかもしれないが、モノクロだからこそ、そのシーンの隠された色が生きるのである。最後はよろめきながらゴミ捨て場までたどり着き、ボロ屑のなかに崩れて息絶える。もうひとつ目に焼きついているのは、遠くで突然上がる花火である。噴き出す火花にもちろん色はない。それだけに鮮やかで惨酷である。
 映画の主人公マーチェクを演じたズビグニエフ・チブルスキーの痛々しいまでの若さと、彼が恋に落ちる酒場のウェートレス、クリスティーナ役のエヴァ・クジジェフスカの美しさは、多くの映画の記憶のなかでもずば抜けて印象深い。初めて映画を観たときから何十年も経っているはずなのに、二人の顔のアップがいまもありありと浮かぶのである。一瞬の花火も、その明るさがいつまでも脳裏に焼きついているのに驚く。


   

 
 (c)yumiko katayama
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