感動を表現する推敲の仕方
石田郷子  いしだ


第5回 2009/03/01

 原句  白き頬うすくれなゐに紙雛

 紙の雛の真っ白な頬に、淡く紅が差してあったのでしょう。
 作者は、見たままを読んでいますが、どこかたどたどしく、内容に相応しい調べがありません。また、「白き頬」と「うすくれなゐに」が矛盾している感じもして落ちつきません。
 顔そのものが白いのでしょうし、雛の顔はそもそも白いものですから、ここは省いてもいいでしょう。
 どこか哀れさも感じられる句です。

 添削例 その頬のうすくれなゐの紙雛

 


 原句  誰思ひ何にわづらふ雛祭

 娘さんに対し、なにかわだかまる気持ちでもあるのでしょうか。それともご自身の想い出でしょうか。雛祭にまつわる複雑な思いを自問している句です。
 このような内容の場合は、「雛祭」という行事そのものを指す言葉よりも、雛をまつる頃の時候として詠んだ方が、しみじみとした感慨が伝わるのではないでしょうか。
 また今年もめぐってきた雛の日、その日を複雑な思いで過ごしている……そんな句になると思います。「雛」は「ひいな」とも読みます。

 添削例 誰思ひ何にわづらふ雛の日

 


 原句  まぶしさの光にあそぶ池の鴨

 「あそぶ」とは、無心に動き回ること。その意味では正しいのですが、この意味自体に、比喩の表現が入っているのです。そのため「鳥が遊ぶ」というのは常套句めいて聞こえます。つまり「楽しそうに」という主観が感じられるのです。案外不用意に使う言葉ですが、よくよく気をつけないと常識的な句になってしまいます。
 ですから、なるべくこの表現は避け、写実に徹して、余分な説明を省きます。ついでに実際には春の景でしたから、春の鴨としてみましょう。「池の鴨」は立派な季語ですが、この場合はいわずもがなでしょう。

 添削例 まぶしさの光の中の春の鴨


 
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