『子供の遊び歳時記』

                 榎本好宏
2009/05/18



 第五回 お弾きと「ちゅうちゅうたこかいな」

 これまで四回の連載は「男遊び」ばかりだったから、女性から(しか)られそうなので、今回は「女遊び」にご登場願う。中でも、真っ先に取り上げなくてはならないのが、「お(はじ)き」だろうか。得てして子供の遊びは土地によって呼び名がまちまちで、そこがまた面白い訳でもある。私の育った群馬の片田舎では、このお弾きを「きしゃご」と呼んでおり、長じて俳句を始めるまでは方言と思い込んでいたが、実は由緒正しい言葉で、れっきとした春の季語だった。その語源については後段で詳述する。
 戦時中から戦後にかけてのお弾きは、割れた瀬戸物や硝子(がらす)を更に金づちで適当な大きさに割り、コンクリート面や石の表面で角を丸く削って、こしらえた。中でも図柄の面白い瀬戸物のお弾きは人気が高く、ゲームの中でもっぱら(ねら)われた。これらお弾きを信玄袋や巾着(きんちゃく)に入れて持ち歩いていたから、女の子と()れ違うと、いつもジャラジャラという音が聞こえた。戦後しばらくして、色や模様が入って、表面にギザギザの入った硝子のお弾きが出回り、これが主流になった。
 遊び方の方は、(はた)から見ているだけだったから多くを知らないが、まず参加者が同じ数のお弾きを出し合う。これを()に入れて振ってから床に()く。とは言っても、お弾き同士が触れ合ったり、重なったりもする。物の本によると、こんなお弾きを「おねぼ」と呼ぶ。「おくっつき」「ぐつ」などと言う地方もある。こんな場合、「おねぼ」になったお弾きは撒き直す(次まで預かる場合もある)が、これにもいろんな流儀があり、その一つが「お(かま)」という方法。一方の手の指で輪を作りその間からお弾きを下に落とすのだが、まこと言い得て妙である。この他に「お高」とか「(ひじ)つき」なる撒き方もある。
 さてゲームの開始となるが、人差し指で押えた親指を弾いてお弾きを動かす方法は改めて説明するまでもない。当たったお弾き同士は離れるが、その間に小指を通して通れば、そのお弾きが取れる。しかし時にはお弾き同士が数ミリしか離れない場合もある。そんな数ミリの隙間でも小指が通るよう、当時の女の子の多くは、小指の爪を長く伸ばしていた。
 二個のお弾き同士がぶつかるならいいが、時には複数のお弾きに当ててしまうことがある。これは「おやつ」と言って交代する違反なのである。それまで取ったお弾きを全部戻すことになる。なぜ「おやつ」と呼ぶかだが、その(なぞ)解きは、江戸時代の随筆集『()(ゆう)(しょう)(らん)』(喜多村信節(のぶよ)著)に次のように出ている。
 「きさごはじきにツマと(いう)はツマヅクの略。ヤツといふはやつあたりなり」
 だから「おやつ」は八つ当たりの略ということになる。
 まだいろんな遊びがあるが、遊びの最後は取ったお弾きを数える作業があり、これがまたふるっている。中指と人差し指の二本の指でお弾きを二個ずつ引き寄せて歌うのが、「ちゅう・ちゅう・たこ・かい・な」である。これで十個になる。更に大勝ちして二十個を取った時には「は・ま・ぐ・り・は・む・し・の・ど・く」と十文字を二十個に充てて数える。ついでに、山口県の周防(すおう)、長門地方に伝わる数え方を紹介すると、十個の場合が、「つー・つー・たー・けー・じょう」で、二十個の場合が「や・ま・ぶ・し・の・ほ・ら・の・か・い」となる。
 こんな風に、子供達は数を字数や音数で数える習慣があった。昭和生まれの人にも懐かしい遊び「だるまさんがころんだ」も、文字数で十とした。また、じゃんけん遊びの「グリコ」も、グーで勝つと「グリコ」で三歩、チョキで勝つと「チヨコレート」と六歩、パーで勝つと「パイナツプル」と六歩、それぞれ進める。これなどは音数でなく、字数で数が決まった。これらとは少々趣を異にするが、「いちじく(一)にんじん(二)さんしょ(三)にしいたけ(四)ごぼう(五)・・・」と続く悠長な数え方も、今は死語になってしまった。
 さて冒頭にも書いたお弾きの群馬での呼び方「きしゃご」だが、これは、遊びとしてではなく春の貝として歳時記に登載されている。細螺と書いて「きさご」と読み、傍題季語として、群馬で言う「きしゃご」を始め「ぜぜ貝」「いほきさご」などが出ている。間違えやすいのが、同じ春の季語で「きしゃごのおばけ」があるが、こちらは寄居虫(やどかり)の別名である。
 さて、その「きさご」だが、細螺のほかに喜佐古とか扁螺とも書き、ニシキウズガイ科の巻き貝で、そろばん玉の形をしていて、北海道以南の浅い海に広く()む貝。その、そろばん玉の形の貝に色を施しお弾きに使ったというが、今思うに少々不安定だったことだろう。
 子供の遊びには地方の呼び名が多いと書いたが、お弾きも例外でなく、『日本方言辞典』(佐藤亮一監修、小学館刊)には、六十一の方言が収録されてある。それらの中から面白い呼び名を例示してみると、次のようなものがある。
 「いさら」(島根県鹿足郡)、「いちぎり」(奈良県吉野郡)、「いっちょほいよ」(山梨県南巨摩郡)、「けちあーし」(高知県長岡郡)、「さんから((すもも)の種で作ったお弾き)」(新潟県中頸城郡)、「せとつぶ」(岩手県紫波郡・気仙郡)、「のんだり(素焼きの(すえ)でできたお弾き)」(新潟県蒲原郡)、「はじっこ」(鹿児島県鹿児島郡・種子島)など。


  浪退けば細螺(きさご)おびたゞしきことよ   阿波野青畝
  波遠く細螺(きしゃご)美し函の中        山口 青邨



(c)yoshihiro enomoto



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