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2013/09/10 ![]() |
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第四十四回 忘れずば「いろはかるた」 |
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つい先だってのことだが、機会があって、「いろはかるた」を全部通して読む機会に恵まれた。改めて書くまでもないが、 この「いろはかるた」は、天明(一七八一~八八)のころ、京都で作られたというから二百年以上も昔のことだが、今でも立派に通用する言葉ばかりである。私の手許にある『江戸の子供遊び事典』(八坂書房)には、「江戸いろはかるた」と、「上方いろはかるた」「大阪・中京いろはかるた」の具体例が書いてあるが、うちの「江戸」を例示してみる。 イ. 犬も歩けば棒にあたる ロ. 論より証拠(上方は「論語読みの論語知らず」) ハ. 花より団子(大阪・中京と同じ) ニ. 憎まれっ子世にはばかる ホ. 骨折り損のくたびれ ここの「ヘ」の項では、上方も、大阪・中京も「下手の長談議」を入れているが、私なら「下手の横好き」を入れるかも知れない。 ト. 年寄りの冷水 チ. 「チ」は、上方、大阪・中京ともに、「地獄の沙汰も金次第」を採っているし、上方の「ト」と「ヌ」には、「豆腐にかすがい」と「 ヲ. 老いては子に従う ワ. われ(破)鍋にとじ(綴) この辺になると、死語化しているので、少々解説が必要になる。「ワ」で言う「われ鍋にとじ蓋」は、どんな人にもそれ相応の配偶者がいる、といった意に使った。これより難しいのが、「カ」の「かったいのかさうらみ」で、大差ないものをうらやむことに使うが、「うらみ」は「うらやみ」の誤りだとする説もある。「ヨ」の「よしのずい」は、狭い自分の見識で、広い世界に勝手な判断を下すことを戒めた言葉だから、私もこの言にどれだけ救われたことかと思う。 上方の「ヲ」に入っている「鬼の十八」も、死語化しつつある。この下に「番茶も出花」が続く。醜い鬼でも年ごろになれば美しく見え、粗末な番茶もいれたてはおいしい――くらいの意だろう。 タ. 旅は道づれ レ. れう(良)薬口ににが(苦)し ソ. 総領(惣領とも)の甚六 ツ. 月夜に これらにも解説が要る。「ソ」でいう総領は一家の長男で、それらに共通していることは、お人好しで、少しぼんやりしている(甚六)から、それをあざけて言った苦言でもある。総領である私も心してきた名言の一つである。 上方の項の「レ」に、私も初めて見た「 もう一つ「ツ」の「月夜に釜をぬく」の「ぬく」は盗まれることだから、油断への警句と言えよう。 ナ. 泣きっつらに蜂 ラ. 楽あれば苦あり ム. 無理が通れば道理ひっこむ ウ. 嘘から出たまこと ヰ. 芋の煮えたも御存じない ノ. のど(喉)元をすぎれば熱さを忘れる オ. 鬼に金棒 ク. 臭いものには蓋 ほとんど解説の要はないが、「ヰ」の項の「芋の煮えたも……」は、世間の事情にうといことを言ったもので、今でこそ却って必要な言い方とも言える。 一つ面白いのは、大阪・中京の項の「オ」に、「 上方の「ノ」に、「 ヤ. 安物買いの銭失い マ. 負けるが勝ち ケ. 芸は身を助ける フ. 文はやりたし書く手は持たず コ. 子は 「コ」の「子は三界……」だが、今の世の中にも通じそうである。親の一生が子供によって束縛される――そんな思いから未婚の男女がふえつつあるように思う。 もう世の中で使い忘れている言葉で、上方の「コ」の項に「これにこ(懲)りより ※ おしゃべりが過ぎたので、閑話休題とする。 「かるた」とは、これも語源はもともとポルトガル語だが、こちらは テ. 亭主の好きな ほとんどに解説の要はなさそうだが、若い世代の方のために少し言葉を補っておく。「テ」の「亭主の好きな…」の赤烏帽子だが、烏帽子の色は普通黒と決まっているところから、亭主が好むなら、どんな異様なものでも、それに従いましょう――という、封建時代の代表的言葉でもあろう。 もう一つ、「サ」の「三べん廻って……」の廻るは夜回りのこと。だから、三度見回りをしてから休憩をとる、つまるところ急がず念を入れるの意。 上方と大阪・中京に入っていて、江戸に入っていないものに、「義理と ヱ. 縁は異なもの ヒ. 貧乏暇なし モ. 門前の小僧習わぬ経を読む セ. 背に腹はかえられぬ ス. 粋は身を食う 京. 京の夢大坂の夢 ご覧のように、四十七字に「京」の字が加えられて四十八字になる。「京の夢……」は夢の話あるいは夢のような話をする前に唱える言葉だが、そんな習慣も私達の前から消えてしまった。 |
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(c)yoshihiro enomoto |
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