らくだ日記       佐怒賀正美
【作品26】
2009/03/10 (第460回)

 不思議な句だ。春の野に逃水を追いかけているうちに、本来そこにいるはずのない「非在の」蝶が、目の前にばらばらと墜落してくる。蝶はもちろん一匹でもかまわないが、その生態を思うならば群を成している方がイメージとして自然だろう。非在のものが、何かを追求しているうちに突然「見え始めて」くることは誰にもある。だが同時に、その幻想のイメージは見ているそばから剝落してゆく。それは俳人八束のイメージ追求の暗喩ではないか。「非在」という言葉自体は俳句になかなか馴染まない。それだけに、この句におけるこの語の置き方に感心する。言葉が浮いていないで、前後の言葉とのバランスを得て然るべき重みで一句の中に収まっている。「非在」などという言葉は金輪際俳句に持ち込むべからずと𠮟咤されようが、それは八束親近の弟子の八束贔屓ではないかと言われようが、私はやはりこの句を八束らしい代表句だと思うし、いまだに愛着を感じてやまない。




     
 












     
   
   
   
   
     
『春風琴』平成9年作 
(C)2007 Masami Sanuka
次へ  今日のらくだ日記      HOME