わかりやすい俳句添削教室
原 雅子 いしだ


第28回 2011/9/23 


《原句》①

  水引きの花に寄り添い老夫婦

 連れ立っての散歩の途中に見つけた水引草でしょうか。観賞用として植えられたりもしますから庭先で眺めた場合かもしれません。秋らしい風情を感じさせる花です。「水引の紅ひとすぢのつゆげしき 松村蒼石」と詠まれたりしていますが、これなどまさに秋景色そのものです。
 原句に分かりにくいところは一つもありません。水引のように地味な花に心惹かれるのは年配の方の好みでしょうね。穏やかに年輪を重ねたご夫婦と思います。しみじみした情感の漂う作品で、ほとんど手直しの必要はありませんが、「寄り添い」という動作をもう一段、姿が浮かぶようにしてみましょう。

《添削》

  水引の花に顔寄せ老夫婦 

 原句は「水引き」と送り仮名を振っていますが、名詞ですから「水引」の表記にしておきます。




《原句》②


  畦道や稲刈る風の匂い立ち

 〈稲の匂い〉ではなく、〈稲刈の匂い〉を感じているのが手柄です。これが眼目で、あとはいらないようなものですが、表現上無理なのは「稲刈る風」という続き方です。これでは風が稲を刈っていることになります。
 次に、実際の状景として、作者は畦道に立って稲刈を見、田を渡る風を感じていたかと思いますが、ここでの場の説明は一句の中心主題にとって必要だったかどうかです。
 不要な部分を省いた上で、主題が生きる言葉を探しましょう。まずは上五「畦道や」に代わる言葉ですが、風景が広がりをもって想像できると気持ちがいいですね。
 参考のために歳時記の〈稲刈〉の例句を見てみましょう。
  夕空に身を倒し刈る晩稲(おくて)かな     長谷川零余子
  稲刈つて飛鳥の道のさびしさよ    日野 草城
 後句のように地名を入れる方法も考えられます。仮に上五を〈飛鳥路や〉とした場合と、「畦道や」を比べてみて下さい。同じ〈道〉には違いありませんが、地名が豊かな連想を誘い、おおらかな句柄になると思いませんか。前句の「夕空」の場合も頭上の大きな空間が地上での労働の姿を際立たせています。
 それこれ考え合わせると次のようにしてはどうでしょう。

《添削》

  晴天の稲刈つてゐる匂ひかな
  八方に稲刈つてゐる匂ひかな


 さっぱりし過ぎますか。作者は「風が匂う」というフレーズに思い入れがあるかもしれません。その意図に添うのなら、
  稲刈るや田渡る風の匂ひ立ち
とすることも出来ますが、いくらかムードに傾くこちらよりは、直截に本質を摑み取る方向として、先の添削例をご参考下さい。
 なお原句「匂い」の表記は歴史的仮名遣いでは「匂ひ」となります。





《原句》

  地球儀を旅する指や秋の声

 地球儀上の陸地や海、世界各国を指で辿っている、それが「旅する指」ですが、そこはかとない旅ごころにも誘われているのでしょう。
 共感出来ますが、この「旅する指」が曲者でもあります。洒落た言い回し、飾った言い回しになってはいないでしょうか。一読して惹かれるフレーズですが、「指」の動きに焦点を当てるのなら具体的な表現がある筈ですし、旅ごころを言いたければ「指」の動作はなくもがなと思います。つまり、
  地球儀を指に辿りぬ
  地球儀を旅していたり
 このどちらかということになります。
 「指」の動きの表現について、飾らぬ言葉でと言いましたが、どうしてなのか納得しにくいことでしょう。私の句で恐縮ですが、例をあげてみます。
 原句 口開く満座の扇揺るる中
 これを句会に出しました時、私の師が「揺るる、動く」と呟いて首を傾げられました。はっとしました。「揺るる」は装飾的、「動く」は直接的な言葉です。一見平凡のようでも飾らない素の言葉は強いものです。飽きることがありません。結果は、
 推敲 口火切る満座の扇動く中
となりました。「揺るる」を「動く」に代えたことで上五も変化させましたが、以後、より具象的な表現を目指す指針となった推敲です。話が逸れましたが参考になればと思います。
 そこで次に「秋の声」ですが、大気澄むこの頃は風雨の音、葉擦れの音、遠くの物音なども敏感に響き、秋のもの寂びた気配をひしひしと感ずる、そういった季語です。聴覚に重点の置かれた言葉で、〈秋の蕭颯たる〉音という解説もなされています。
 原句の内容に比べて寂し過ぎる気もしますし、やや古風かもしれません。他にもふさわしい季語を工夫してみてください。取り敢えず次のようにしておきます。

《添削》

  地球儀を指に辿りて秋惜しむ
  地球儀を旅してゐたり秋うらら




《原句》④

  島つなぎ島をまたぎて天の川

 芭蕉の『奥の細道』にある
  荒海や佐渡に横たふ天の川
を連想させる作品です。
 ついでにこの芭蕉句についておさらいしておきましょう。弟子の曽良とともに出立した『奥の細道』の旅も後半に入っています。出羽から越中へ至るまでの約九日間、越後での記録はこの句と「文月や六日も常の夜には似ず」の二句のみでした。
 荒々しい日本海の波の彼方に浮かぶ佐渡は、順徳院はじめ日蓮、世阿弥などの流謫の地。そして今この時も流人の島として哀しい歴史を刻んでいる。島影は遠く海上に横たわり、その上に銀河が白くかかっている――句意はそのようになります。ちょうどこの日は七夕で、二星が相逢うという故事を念頭に浮かべていたとすれば、寂寥感はいっそう増したことでしょう。
 そこで原句に戻ります。「島つなぎ島をまたぎて」の畳みかける語調は勢いのあるリズムで、納得したくなるのですが、景としては曖昧になります。「つなぐ」か「またぐ」か、どちらかに決定して明確に描きましょう。
 その上で、今度はこの「島」がどんな島であるのかが加わると句に厚みが出てくるかと思います。芭蕉の句を見て下さい。荒海に浮かぶ島、そして歴史を喚起する島です。「佐渡」という地名が入っています。
 作者がどんなイメージで「島」を捉えているか分からないのですが、たとえば海鳥の生息地とか北国、または芭蕉の句のように荒波に洗われるような島、そんなところを想像しました。一応、次のようにしておきますが、これは作者が見た「島」の在りようで考えて下さい。では一案として、

《添削》

  波荒き島をつなぎて天の川




《原句》⑤
  
  蜩や漫ろ移ろう内視鏡

 「(すず)ろ」は漫然と・むやみに・予期しないさま、などの意味があります。内臓検査で体内を探る内視鏡の動きを中七で言っている訳ですが、傍らの画面に映るのを見ているのでしょう。
 「内視鏡」のように現代的な素材の場合、この無機物の質感に対して「漫ろ移ろう」は優美な歌語のようでふさわしいとは思えません。せいぜい「漫ろに移る」くらいでしょうが、もっと状況をはっきりさせたいものです。
 配された季語も、診察室での検査の最中という状態には似合わないようです。検査中に蟬の声が聴こえるという余裕はまず無いでしょうし、仮に実際のこととしても作品上では違和感を覚えます。
 作者の気分に通い合うような言葉を工夫しましょう。

《添削》

  秋暑し画面に映る内視鏡
  内視鏡に探られてをり秋暑く


 後句を「秋暑し」と終止形にしないのは、中七が「……をり」と終止形で切れているからです。切れが二つになると句の流れが切断されてしまいますから、下五は連用形で接続するかたちにとどめました。





(c)masako hara







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