わかりやすい俳句添削教室
原 雅子 いしだ


第35回 2011/11/18


《原句》①

  秋水に沿ひ行き古都を堪能す

 京都あるいは奈良でしょうか。古く、都が置かれた土地は他にも数えられますが、もっとも華やいで印象されるのは京都かもしれません。
 作者は水澄む季節、川の流れに沿って古き都の佇まいを心ゆくまで味わわれたようです。地名が書かれていませんので想像するしかありませんが、取り敢えず京都としておきましょう。市中を流れる著名な川には、鴨川、宇治川、桂川などがあって、四季折々に美しい景色を楽しむ観光客の姿があります。
 水の流れに沿っての散策ということなら、洛東の哲学の道が思い浮かびます。ご存じの方も多いことでしょう。琵琶湖疎水の分流に沿う小径ですが、近辺には南禅寺はじめ法然院、銀閣寺と名刹が並びます。紅葉で有名な永観堂もこの辺り。
 名所案内のようになりましたが、原句の内容に近いのはこの疎水(べり)かもしれません。読者も状景を追体験したいものですが、このままでは、概略的な報告に終わっています。「堪能す」という大雑把な感想ではなく、どんな様子であったかを伝えて欲しいのです。
 まず場所を特定しましょう。京都ということで話を進めてきました。それでもまだ景が淡すぎるようです。「秋水」を具体的にしてみましょうか。

《添削》

  疎水べり辿りて京の秋惜しむ

 作者が思わず「堪能す」と言ってしまったのは、旅の満足感だったと思います。旅情がそこはかとなく滲んでくるような〈秋惜しむ〉の季語を用いて、過ぎゆく秋への感慨と同時に旅の感慨も浮かび上がるのではないでしょうか。




《原句》②

  ゐのこづち程よき距離のふたりかな

 この「ふたり」はどういう間柄でしょう。「程よき距離」は、空間的な距離とも取れますし、間柄を言っているとも受け取れます。以前、若い人の間で〈友達以上、恋人未満〉という言葉がよく使われたりしましたが、そんなところかもしれません。
 それにしてもこの言葉は日常ではよく使われるでしょうが、俳句の場合は状況説明いっさい無しの十七文字ですから、このフレーズだけでは曖昧すぎるようです。思わせぶりの感もします。むしろ二人の関係性をはっきり出してしまいましょう。
 作者の意図とは違うかもしれませんが、ご参考下さい。

《添削》

  恋人といふには淡しゐのこづち

  ゐのこづち付けて仲良き兄妹

 前者は大人同士、後者は子供の状景です。
 「程よき」の語を使った作品が案外あるのですが、どういうふうに程がよいのかを踏み込んで表現していきましょう。




《原句》

  菊を剪る鋏の音の歯切れよき

 鋏の切れ味もよいのでしょう。小気味の良い音がしています。この句は「菊」であることで生きた作品です。
 試みに別の植物を考えてみて下さい。〈撫子(なでしこ)〉〈女郎花(おみなえし)〉〈萩〉、どれを取っても鋏の音は鈍く聞こえるような気がしませんか。
 菊は大輪、中輪、小輪、さらに色も形も多種多様ですが、きりっと静かな気品のある花です。〈キク〉という硬い韻の効果とも相俟って、鋏の音が鮮明にひびく感じがします。
 「歯切れよき」はよく分かるのですが、鋏の音の状態をここまで詳しく言うよりも、単純にした方が、一句の印象がまとまるようです。

《添削》

  菊を剪る鋏の音のひびくなり

 同じ題材で次のような例句があります。
  菊剪るや燭燦爛と人にあり     原 石鼎
 菊の花の質感はくっきりした景を描くのに効果的なようです。一方、
  わがいのち菊にむかひてしづかなる 水原秋桜子
 こちらは平仮名書きのせいもあって、一見たおやかな情趣を覚えますが、〈菊〉であることで凛とした精神性を感じさせます。別の花であったら甘く流れてしまうところでしょう。




《原句》④

  紅葉山突如背を押す風きたり

 紅葉見物のさなかでしょうか。思いがけぬ強い風。その驚きが句のモチーフでした。
 ここで考えたいのは「突如」の語が必要かどうかです。〈風が来た〉といえば、それがすべてであって、その〈瞬間〉が描かれている訳です。少なくとも読む側にとってはそういうことになります。いわば読者はいつも不意の状景を見せられているのですから「突如」の語は蛇足なのです。勿論ケースバイケース、作品によってはこの類の語が効果を発揮する場合もありますから、絶対ということは言えませんが、原句の場合は効果的とは言えないでしょう。では、

《添削》
  紅葉山背を押す風のきたりけり




《原句》⑤

  冬ざれや虫喰いだらけの心柱(しんばしら)

 「心柱」は仏塔などの中心に立てる柱と辞書にあります。
 この作品では特に何処の建築物であるかを言わなくても「心柱」というものの存在感だけで句が成立しています。読者は自由に自分の想像を広げて句を味わえばよいと思いますが、たまたま作者の別の句に薬師寺の東塔を詠んだものがありましたので、この作品もそれであろうかと推測します。
 今年(平成二十三年)三月、奈良薬師寺の東塔は内部を一般公開しました。薬師寺に唯一現存する奈良時代の建造物、国宝です。実は私も前年の秋拝観いたしました。塔の核心ともいうべき心柱は直径九十センチ、歳月の長さに耐えて太々と存在していました。
 先に述べましたように、この句からは何処を想像しても構わないのです。過去の時間の堆積を感じさせる「虫喰い」の痕が一句の中心でした。
 このままで状景は充分に描かれていますが、重厚な素材にふさわしい格調を出すために「虫喰いだらけ」という箇所を別の表現に改めてみましょう。
 「遙か」の語は、距離の遠さでもありますが時間的な意味も含みます。つまり多分に気持の上での遠さを思わせます。作者の意図はそこにあるのかもしれません。歴史の中に浮かび上がる明日香という土地への遙けき思いです。
 それに対置された「秋深し」は、これまた情趣を曳く季語で、思い入れが過ぎてしまいます。句の世界がムードで終わってしまいそうです。具体性のある季語で引き緊めましょう。
 もう一つの方法としては「遙か」の代わりに現実の距離感を表現することです。単純に直すなら、

《添削》

  冬ざれや虫喰ひ(しる)き心柱

 〈著き〉は、ありありと際立っている意です。
 「冬ざれ」は、風化に耐えて残ってきた心柱の存在を強調するすぐれた季語の選択と思います。
 原句の「虫喰い」の表記は歴史的仮名遣いでは〈虫喰ひ〉となります。





(c)masako hara







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