石田波郷の100句を読む
                
          (3) 2013/06/17




        石田郷子



  プラタナス夜もみどりなる夏は来ぬ  波郷

 昭和七年作。
 波郷はこの年の二月に上京している。五十﨑古郷が秋桜子に宛てて長い手紙を書き送ったあと、返事を待たずに、波郷は旅立った。それと入れ違いに秋桜子の方は、「上京を見合わせて欲しい」という内容の手紙を書いていた。
 農家の次男であり、就職もせず、農業にも身を入れることができないまま、俳句ばかり作っている青年を、もっともふさわしいと思われる場に送り出そうという師の思いがあっただろう。ずいぶん思い切ったことをしたものだと思うが、東京駅に降り立った波郷を、馬酔木の青年たちが迎え、秋桜子のもとで、志を一つにする若者たちと切磋琢磨してゆく時代が始まったのである。
 波郷は水を得た魚のように、持ち前の大らかな気質を発揮できるようになったのではなかろうか。都会の風物も目に新鮮に映っただろう。
 初夏のプラタナスの並木は、今でも、あかぬけた都会の風景の象徴であり、希望や青春、そして未来といった明るいイメージを持つ。「夜も」とあるのは、若者たちが、講義を終え、あるいは仕事を終えて、「馬酔木」の発行所に毎晩のように集い語り合ってのちの、深夜の帰宅時に得た一句であることを想像させる。読み下すとき「プラタナス」でいったん深く切れるような間合いがあって、そこには瑞々しい情感が感じられるが、意味としては、「みどりなる」に繋がっているのだと思う。波郷青年は、夜の若葉の香気を胸一杯に吸い込んだに違いない。





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