石田波郷の100句を読む
                


          (7) 2013/07/15




        石田郷子



  冬青き松をいつしんに見るときあり   波郷

 昭和十三年作。
 昭和二十二年刊行の『波郷百句』に、〈冬青とか松とか何ら新奇はない。何事かに思いぞ屈する故に、一本の松を偏ら凝視するのである。俳句は要するに何事も言へないといふことを知り始めた頃の句だ〉と自註がある。
 上五から中七にかけて句またがり、中句、下句が字余りという破調の句だ。眼前にある松の木。漠然とした思いに耽っている時、あるいは放心の時、思いを凝らすために目を瞑るのではなく何かを見つめることがある。見慣れたつまらないものか、平凡な景がいい。そのものを見るのではなくて、そこに形のない何かを見つめるからだ。
 松のゆるぎない高さに真向かい、作者の凝った思いが生々しく感じられるだけでいい。破調の調べの高さ、断定に、有り余る思いが籠もる。
 山本健吉編集の「俳句研究」座談会に、加藤楸邨、中村草田男、篠原梵の三人と共に出席し、「難解派」「人生探求派」と呼ばれるようになったのは、この年である。
 ここまでは、『鶴の眼』の句を鑑賞してきたが、ほかに抽出したかった句を挙げておきたい。

    銀座千疋屋
  あえかなる薔薇撰りをれば春の雷
  春の街馬を恍惚と見つつゆけり
    上野公園
  夜桜やうらわかき月本郷に
  朝刊を大きくひらき葡萄食ふ
    ある画廊にて
  描きて赤き夏の巴里をかなしめる
  日出前五月のポスト町に町に
  蝉の朝愛憎は悉く我に還る
  百日紅ごくごく水を呑むばかり
  しづけさにたゝかふ蟹や蓼の花
  雀らの乗つてはしれり芋嵐
  昼の虫一身斯かるところに置き
  檻の鷲さびしくなれば羽摶つかも
  スケートの渦のゆるめり楽やすめり
  雪嶺よ女ひらりと船に乗る
  ジャズ寒しそれをきゝ麺麭を焼かせをり
  冬日宙少女鼓隊に母となる日
  隙間風兄妹に母の文異ふ

 

(c)kyouko ishida
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