石田波郷の100句を読む
                


          (8) 2013/07/22




        石田郷子



  初蝶やわが三十の袖袂   波郷

 昭和十七年作。
 自註に、〈生活の廓清を心がけた。「三十而立」、私は自分の青春と馬酔木から袂別した。然しそんなことを詠んだ句ではない〉(『波郷百句』)とある。この三十歳は、数え年の三十。
 詩人の三好達治が『諷詠十二月』に採り上げ、〈素直に品よく詠じている〉と評し、〈わが三十の袖袂、は作者にしてみればさういふ微物に眼を驚かした瞬時にふと虚しくなつた心裡に、自らの境涯を何か心もとなく無常に、また一種微妙な自己不満をも同時にそこへ交じへて、微妙ながらも強く感じた、それは深刻といふではないがしかし可なり複雑な心理を詠じたもののやうに、私にはまづそんな風に読みとられるのである。さうしてさういふ風に受取つて、その表現の直截軽妙なのと、その心理の雅趣を失せずして甚だ可憐なのとに強く心を惹かれないではゐられない〉と鑑賞している。
 この「可憐」という言葉に異存はないが、複雑な心理までは感じない。ただ、決意のあとの孤独な、しかし晴れ晴れとした思いがあるばかりだと感じるのだ。三十歳という、社会人としてはまだ初々しい年頃。未婚であればなおさら。そんな波郷が、小さな蝶にまつわりつかれている様子は、確かに可憐だろう。
 波郷は「馬酔木」を辞し、「鶴」に専念する決心をした。周囲の計らいで、妻となる吉田安嬉子と出会い、結婚するのもこの年である。家族を養い生活のために働くというのでなしに、俳句に邁進することを決意したのだから驚く。

 

(c)kyouko ishida
前へ 次へ    今週の1句   HOME