石田波郷の100句を読む
                


          (10) 2013/08/12




        石田郷子



  朝顔の紺のかなたの月日かな   波郷

 昭和十七年作。〈結婚はしたが職無くひたすら俳句に没頭し、鶴に全力を挙げた。韻文俳句を大いに興そうとした時期であった〉と自句自解している。「かなた」は「彼方」の漢字表記で掲載されていることもあるが、全集ではひらがな。
 前年の十二月八日には太平洋戦争が始まっている。文芸に対する政府の弾圧は、十五年の京大俳句事件を境に厳しさを増していただろう。親しかった西東三鬼も同年逮捕され、保護観察期間を経て、この十七年には、家族を置いて神戸に去ってしまった。波郷の弟・長則が出征したのもこの年。
 波郷のこの一句を鑑賞するのにも、繰り返し戦争のことを思わなければならないだろう。朝顔の紺のかなたに、いい時代を懐かしんだのだ。
 韻文精神を説き、古典に学び、オーソドックスな格調高い表現に万感の思いを込めている句なのかと。そして、切字の詠嘆は、一種の「悟り」でもあるだろう。



 

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