石田波郷の100句を読む


             2013/10/16


《17》

            石田郷子





  春の夜の子を踏むまじく疲れけり   波郷

 昭和二十一年作。
 長女の温子が生まれて、産後の妻のかわりに、波郷が慣れない手で家事をしていた頃の作らしい。妻の父親とまだ幼い長男の四人暮らしに、赤ん坊が増えて、波郷達の生活空間である八畳は、足の踏み場もなかっただろう。
 家事を終えて眠ろうとする時、暗い部屋で家族を踏んでしまいそうになる。子どもたちを起こさぬようにと、細心の注意を払って手探り足探りで寝床へゆく。まったく俳句どころではないが、そこには深い安堵感もあり、「春の夜」という季語が幼子と妻の体温ややわらかい寝息を感じさせる。
  有明の饑じき子抱く蚊帳の中
  翠菊(えぞぎく)や妻の願ひはきくばかり
  虹まどか妻子は切に粥をふく
 戦後の、等しく貧しかった時代、家族とのこれらの生活詠はしみじみと胸に滲みてくる。
 〈病気の俳人が家長のわが家も、掛け値なしの貧乏所帯だったが、不思議に貧しさを嘆いた記憶がない。子どもでもあったし、周囲もみな似たり寄ったりの暮らし向きだったせいもあるが、両親ともにどこか吹き抜けた楽天性の持ち主だった〉と、波郷の長男修大さんは『わが父波郷』に書いている。






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