石田波郷の100句を読む


             2013/10/24


《18》

            石田郷子





  おもかげや二つ傾く瓜の馬   波郷

 昭和二十一年作。
 『雨覆』に収められた句で、「夏」に収められている。東京では七月の景だが、やはり晩夏から初秋のイメージである。空襲でなくなった妻・あき子の母と二人の妹、戦地でなくなった兄。さまざまな顔が走馬燈のように浮かんでは消える。門口に置かれた瓜の馬は、「二つ傾く」という描写によって眼前にありありと見えてくる。詠嘆の深い句で、上五の切れとそれを受ける下五の体言が、永遠のリフレーンを呼ぶ。痛烈な心の痛みというよりは、すでに風化しつつある哀しみに感じられる。仏教的な諦観に裏打ちされた、俳句らしい俳句と思う。
 余談だが、この句を見ると、昭和二十二年に書かれた波郷の随筆を思い出す。〈五つになる長男が、葛西の妻の姉の家に行って一週間ほど泊まつてきた。そして、つぶやくように「おもかげや……」「ふたつかたむく……」などといふのをきいて、小生は憮然たる思であつた。〉という書き出しの短文だ。妻の姉の夫・吉田勳司は俳人であり、波郷夫婦の縁を取り持った人である。その家には、「おもかげや」の句の短冊が掛けてある。波郷がこの句を詠んだのはその家での句会の折だったからだ。
 子どもたちに「お父さんは有名な俳人なんだよ」と吹き込まれるほどいやなことはなかったのだろう。複雑な思いがなんとなく伝わってくる。子どもに俳句をつくらせるというようなことは断じてしない父親。子どもの意志でたまたま選んだなら別のことだが、どうしたって親の影響下におかれてしまう立場になることは目に見えている。痛いほどわかる親心だ。






(c)kyouko ishida


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