神々の歳時記     小池淳一
      

2009年1月30日
【3】年占(としうら)
 正月には今年一年がどんな年になるのか予測するための占いが、さまざまなかたちで行われる。正月行事に共通する性格として、これから訪れる時間を佳きもの、幸福なものにしようという予祝の心情があることは理解しやすいが、一方で敬虔な気持ちで来るべき時間を推測しようとする年占という行為も伝承されてきたことにも注意をはらっておきたい。
 柳田国男の『遠野物語』(一九一〇年)は岩手県遠野郷の伝承を書きとどめた民俗学の古典だが、その文学性や成立過程に関する議論が盛んな一方で、その中で記された伝承や事件の数々を近隣の類似した民俗や記録と比較して分析する研究はそれほど盛んではない。民俗の記録を一定のまとまりを意識して整理したものを民俗誌というが、岩手の民俗誌として『遠野物語』を再び取り上げることがあってもよいように思われる。
 正月の年占も『遠野物語』には採録されていて、それも複数あるのが目をひく。一〇四条には「月見といふは六つの胡桃の実を十二に割り一時に炉の火にくべて一時にこれを引き上げ、一列にして右より正月二月と数ふるに、満月の夜晴れなるべき月にはいつまでも赤く、曇るべき月にはすぐに黒くなり、風ある月にはフーフーと音をたてて火が振ふなり。…」とあって月の様子を予め年頭に伺い知ろうとしていたことがわかる。
 次いで一〇五条では世中見という占いが紹介されている。これは小正月の晩にさまざまな種類の米で餅を作り、同種の米を膳の上に敷いてその上に餅を伏せ、さらに鍋をかぶせておくのだという。翌朝に餅についた米粒の多いものが、その年に豊作になる種類だというのである。
 育てる米の品種の選択がこうした占いの興味の中心なのであった。餅と米粒とをともに用いるのは、実った米をついて餅にすることが稲作過程の民俗的なゴールであったことをよく示している。餅にくっつくというのはやがて餅と同化する、すなわち健やかに育って餅になるという暗示なのであろう。
 年占にはこうした稲作、米作りに関するものが少なくない。とりわけ、米の粥を作りそれに管をさし入れ、米粒の管の中への入り具合で豊凶を占う粥占は広く行われてい。寺社などで行われる粥占の結果でその年の作物の出来不出来を知ろうとすることも多かった。そうした際に、米以外の農作物についてもこうした米の粥で占う点に、米が単なる作物の一つではなく、他の作物と比べて特に重視されていたものであることに気づかされる。農作業をつかさどる神霊は米を通してその意志をわれわれに伝えるのだと考えられていたのである。
 そうして見ると遠野のこの種の占いが「世中見」と呼ばれていたことにも立ち止まっておくべきだろう。この占いで「見」る、すなわち予想しようとしているのは、米の出来なのであり、それこそが「世」なのであった。世の中の様子はまずもって米の出来具合そのものであるという感覚がここには生きている。ひとびとの生活の明暗が米作りをはじめとする農という営みと深く結びついていた時代が日本ではとてつもなく長かった。そうした感覚と記憶とをわれわれは失いかけているように思われる。


  粥柱しづかに老を養はむ   富安風生





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