神々の歳時記     小池淳一
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2009年7月20日
【20】盆棚の牛馬

 盆を迎えるための準備に心を砕くことは、今この世にいる人間との社交だけではなく、あの世の先祖との交流でもある。目には見えない、しかし、今の己自身と確実につながる魂の系譜を確かめる作業でもあるのだ。それははっきりとしたマニュアルがあるわけではないが、例えば、家ごとに繰り返されてきたやり方で盆の支度をすることで静かに蘇っていく。
 その支度をするのは大人ばかりではない。子どもたちもさまざまな作業や手伝いをして盆行事を担っている。墓掃除に同行したり、盆提灯を組み立てたりするなかで、今は亡き肉親たちの思い出を語り合い、さらに、霊魂を迎える作法を身につけていく。行事はその準備の段階から始まっており、そのなかで生活の伝統がつながれていく。
 盆の棚に畑でとれた胡瓜や茄子を供えることは広く行われているが、そのまま供物とするのではなく、脚や尻尾をつけて牛や馬に見立てることも多い。どこにどう脚を取り付ければ本物の牛馬に似せられるか、子どもたちの腕の見せどころという家庭も多かっただろう。
 盆行事のさまざまな要素は地域ごと、家ごとに多様な展開を遂げており、蓄積された資料も多い。そのためにかえってはっきりとした理論を導き出すことは難しい面もある。高谷重夫は『盆行事の民俗学的研究』(一九九五年)にまとめられた一連の研究のなかで、そうした難題に取り組んでいる。盆棚に供えられる茄子や胡瓜の牛馬もそうした課題のひとつであった。
 高谷は「盆棚の牛馬」という論考で、盆棚や仏壇に飾られるこうした牛馬は、全国的に見られ、それらには盆に来る精霊の乗り物であるという伝承が伴うことが多いのを確認している。それだけではなく、盆の終わりにあたっては、あの世に供物を持ち帰ってもらうために荷を背負わせるのだという言い方も少なくない。こちらの方が本来の感覚ではないか、というのが高谷の見解であった。あの世との往来に、そしてこの世で子孫から受けた歓待の品々の象徴として、こうした茄子と胡瓜の牛馬が作られ続けてきた。
 盆棚に供えられた畑からの収穫物の運搬に適した牛や馬を考え、収穫物のなかからそれに見合うかたちを作りやすい胡瓜や茄子が選ばれたとも考えられる。そこには単純に供えるだけではなく、もう一工夫して、先祖をもてなしたい、さらにはもてなしを少しでも長く継続させたい、という願いが込められてもいるようだ。
 盆棚に供えられた胡瓜や茄子の牛馬は、先祖への歓待の感情をのせるために作られ続けてきた。身近に牛馬がいなくなってもそうした感覚が受け継がれている。かつての生活はこうしたかたちで記憶されているのである。


  瓜の馬嬰児の頭重たくて   石田波郷




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