らくだ日記       佐怒賀正美
【作品22】
2009/03/04 (第456回)

 社会が成熟しているから、西欧の男女を映した生活文化は明るい。日本ならば顰蹙ものかもしれないが、ふつうの裸は淫靡なものではなく、若い健康な肉体は宴(うたげ)を盛り立てて嫌味がない。日本人の好奇な目とは捉え方が異なる。だから、この句では「贋乳房」がいかにも日本人らしい視点になるのではないか。もっとも、ヴェニスの謝肉祭は寒いから、こんな風に外装するか張りぼてでも作っているのだろう。
 この句を見た瞬間、八束が若い日に企てた『雪稜線』の群作「謝肉祭酔歌」31句を思い出した。その中に〈謝肉祭の乳房二十ノットに飛ぶ〉という作があり、弾けたような開放感には目を奪われたが、これに比べて「贋乳房」の句には少々常識が出てしまっている。
 戦後の開放感を舶来の「謝肉祭」を借りて味わっていた一人の青年が、約40年後にイタリアで本物のカーニバルを体験する。奇天烈で背徳的ですらあるかのような強烈な光に曝されていた戦後の「謝肉祭」に比べて、実際に訪ねた本場の謝肉祭ははるかに文化の中に根を下ろして熟成されたものであった。成熟した謝肉祭を目の当たりにして作者自身に感じる滑稽さが、この句には図らずしも見え隠れしているような気がする。



     
 











     
   
   
   
   
     
『春風琴』平成9年作 
(C)2007 Masami Sanuka
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