らくだ日記       佐怒賀正美
【作品23】
2009/03/05 (第457回)

 細かなことに触れず、謝肉祭を大きく摑んだ句。カーニバルの踊りだから、仮装を施した老若男女が広場に入り混じって享楽の坩堝をなしている。その大きな群像の渦を、さらに霧が包み込んで渦をなしている。銀河の宇宙の渦を重ねたくなるような歓喜の渦が感じられるではないか。謝肉祭という祝祭に通う民衆の息吹きを象徴したような宇宙感覚の句とも言えよう。
 先の句集『仮幻』あるいはその前の『幻生花』において、八束は「仮幻」という主題を追求していたが、それは中国やエジプトなど巨大な文明に栄えながらも滅びてしまった古代文明に向き合ったものだった。生涯を賭けて不退転の覚悟で追求してきた自分の詩芸もやがては誰からも忘れられて痕跡すらなくなるのだという無念さ。時間軸を大きく取ればとるほど、八束の感じる「仮幻」への思いは寂寥を深め、やがて諦観へと移行したはずだ。
 八束が最後に訪ねたのはカルネヴァーレの最中のイタリアであった。特にヴェネチアは、今日まで生き延びてきた都市である。将来に向けて水没の危機に面しているが、その歴史は途絶えることなく町の人々に受け継がれている。ある意味では文化の成熟を見ている都市で、謝肉祭も長い時間をかけて人々が築き上げてきた文化の一つだろう。虚無的感懐へといざなう「仮幻」に対して、ヴェネチアの(今日までの文化的な)連続性は心細さを少し緩和してくれたかどうか。そこには前句集とは少々異なった、文化への信頼感をちょっぴり回復した「仮幻」の姿が捉えられているのではないかとも思うのだが。



     
 










     
   
   
   
   
     
『春風琴』平成9年作 
(C)2007 Masami Sanuka
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