page3


 岩場はそれほど長くは続きませんでしたが、疲れと荷物の重みと、酸素不足でうしろ向きに倒れそうになった人がいました。山案内人がす早くうしろに付いて、荷物を支えながら登ります。
 夕刻、やっと八合目の山小屋に辿り着きました。
 ここでも登山用品店のご夫婦のアドバイスが生きました。
 「山小屋に入る時は必ず女性の間にいること」
 山小屋では入った順番のまま寝袋に入ることになりますので、うかつに男性の間にいると、そのまま男性の間で寝ることになります。
 山小屋で出された夕食はカレーライス。酸素が薄いため、下界のようにふっくらとしたご飯は炊けません。硬めのおかゆのようなご飯に、レトルトのカレー。半日、山道を歩き続けてきた男性や若い人にはとても足りません。それぞれに持参の食料を食べ足します。
 「ウヮーッ!」と若い人の頓狂な声。取り出したポテトチップの袋がパンパンに膨らんでいました。これも酸素が薄いせいです。
 山小屋ではカップヌードル(お湯付き)500円、菓子パン300円(下界より、はるかに高値です)などを販売していますが、登山客の多い日は売り切れることもあるそうです。非常用の携帯食料のほかにも、多少の食料は必ず持って行くべきです。
 また、山小屋では、風呂が無いどころか水が無く、歯みがきも自分のペットボトルの水を使わねばなりません。山では水は貴重品なのです。顔や手足は持参のウエットティッシュで拭いて済ませます。そして、山ではゴミは一切持ち帰らねばなりません。ティッシュ一枚棄てることも許されないのです。

 富士山には影富士と呼ばれる現象があります。
 一般的には湖水などの水面に映る富士山を言いますが、ここ八合目では夕陽を浴びた富士の姿が影となって雲海に映ることを言います。シルエットとなった富士山のまわりに夕陽の金色が映り、すばらしい光景だそうです。
 この日は薄曇りでしたのでボンヤリとしか見えず、少々残念でした。

  
〔晴れた日の影富士〕

 陽が落ちると山の気温はぐんぐん下がります。
 山小屋で深夜11時すぎまで仮眠をとり、12時には山頂に向けて出発します。
 深夜11時、目覚めた時に少し頭痛がしました。高山病の前兆かもしれません。そこで水を少し飲み、携帯用の酸素を吸入しました。スプレー缶タイプのもので、これもあの店のアドバイスで念のために購入しておきました。
 ちなみに、私の持参したペットボトルは全て酸素入りの水です。今では一般に売られていますが、当時は登山用品店にしかありませんでした。50歳代半ばは、登山年齢としては決して若くありませんので、こうした水もあの店のアドバイスで購入しました。
 酸素を吸入して頭痛が治まりましたので、準備をして山小屋の玄関に行きました。
 そこで、「○○さん、○○さんの2組、計4人、高山病で動けなくなりましたのでここに残ります」と、山案内人から報告がありました。
 50歳代から60歳代くらいの女性の2組です。七合目あたりから体がふらついてかなり苦しそうでしたので、やはり、という思いでした。
 4人は朝になるまで山小屋で休憩し、山小屋の人の指示に従ってゆっくりと下山することになります。高山病になった場合、治す方法は下山することしかありません。
 山案内人はもう一人、70歳すぎの男性にも下山をすすめました。どう見ても高山病の初期、このまま登っても途中で動けなくなる、ということでした。
 しかし頑固な老人で、死んでもいいから登ると言い張り、聞く耳を持ちません。この男性に同行している中年のご夫婦と、山案内人、添乗員とでしばらく相談していましたが、荷物はそのご夫婦が持ち、身ひとつでとにかく登るということになりました。添乗員が押し切られたようです。山案内人が添乗員に「覚悟した方がいいですよ」といった言葉が耳に残りました。

 深夜12時、山頂に向けて出発です。
 この時の気温は7度。外は荒々しい山霧がたちこめ、ほとんど雨と言ってもいいような天候でした。
 山案内人の指示に従い、リュックにはリュックカバーをかけ、レインコートを着用し、帽子にはヘッドランプを付けて登りはじめます。(登山では傘は使えません。念のため)
 山霧で星も月も見えず、濡れた山道はすべりやすくなっており、ヘッドランプの光だけを頼りに進みます。
 山小屋を出発してほどなく、山案内人からストップの指示。
 同じツアーの若い女性がひとり、蒼白になってうずくまっていました。見れば震えています。彼女は街で使う普通の帽子に普通の(街で使う)レインコート、下には綿のトレーナーを着てGパンをはいていました。
 残念ながら、装備の悪いケースです。
 私が例の店ですすめられた服装は、帽子はつばが広く、防水加工されているもので、うしろには俗にいうスカートと呼ばれる着脱式の布(これも防水加工がされている)が付いているもの、レインコートはゴアテックスの上下で二重になっており、保温性にすぐれ、通気性にもすぐれ、襟と袖口は絶対に雨が入らない構造になっているもの。またシャツもズボンも速乾性の山専用のもの。綿のものは山では厳禁です(できれば下着も)。重いリュックを背負って登りますので、寒い中でも当然汗をかきます。しかし止まると、綿は汗を吸ったままですので、寒い中で一気に体温を奪います。
 また、この女性のように普通の帽子、普通のレインコートでは頭も濡れますが、襟から袖口から霧のしずくがどんどん侵入し、あっという間に体温を奪います。しかも濡れたGパンは足の動きをさまたげ、足を冷やします。
 山小屋を出て間もなくでしたので、この女性は自力で山小屋まで戻ることになり、また一人脱落。
 20名のツアーが、15名になってしましました。
 九合目の手前の山小屋で休憩。暖かいココアを飲んで元気を出して、また登ります。



前へ≪ [1] [2] [3] [4] [5] ≫次へ

HOME